成さしめん者 著・綾月 昂
「・・・・あなたは誰?」
世の全てを見下ろす丘の上、女は男に尋ねた。
「いつから・・・・何故そこにいるの?」
「もうずっとここにいる。長い間・・・・」
男は答える。そして、ゆっくりと女の方を振り返った。
痩身に褐色の肌、漆黒の髪と・・・・そして、深い何かをたたえた蒼の瞳・・・・
その表情はあまりにも冷たく、あまりにも作り物じみている。
しかし、女にはすぐに解った。
それは、哀しみを知る者の表情なのだと。「・・・・あなたは誰?」
女は、再び最初の問いを繰り返した。
「渡るもの。・・・・彷徨うもの」
男が答える。
「ここから全てを見続ける。この『世の全てを見下ろす丘』から」
そう言って、男は再び丘の下の方を向いた。
「渡るもの。彷徨うもの。なのに、あなたはここにいる。それも、ずっと長い間。なぜなの?」
「私は失った。目的を・・・・自が行く先を」
「それは仕方のないことよ」
女は男に歩み寄り、男の横で同じように丘の下を見下ろした。
「あなただけじゃないわ。それは誰もが失っているものだから」
そして、ふと男の方を見て、
「仕方のないことなの・・・・」
と繰り返した。
「それでも私は何処かへ行かなくてはならない。何かを成さねばならない」
同じように、男も女の顔を見返す。
「なぜならそれが私なのだから。何かをせずにはいられない、それが私というものなのだから・・・・」
「ではなぜここにじっとしているの?」
「考えていた。何処へ行けばいいだろうか、と。何をすべきなのだろうかと。・・・・ここは、『世の全てを見下ろす丘』。ここなら私の成すべきことを教えてくれるかも知れない」
「無理だわ」女は哀しげに首を振った。「何も見つかりはしない」
「なぜだ?」
「だって、あなたにはわからないの? ここからは全てを見渡すことが出来るのよ」
女はさらに一歩踏みだし、眼下に広がる光景を指しながら言った。
「これが全てだもの。この――何もない景色が。これが世の全てなのだから」
丘の下に広がる風景。
それは、遙か地平の彼方まで続く、荒涼たる死の大地。
それは生命を拒絶するもの。
およそ生きる者の姿などはなく、草木や樹木すらもそこには存在し得ない。
そこにあるものは、遙かな旧き時代に崩壊した文明の残り火のみ。
古代の『ヒト』達の愚行の結末。
総ての人々の夢の跡・・・・「これが全てなのよ」
女は再びそう言った。
そこには絶望が満ちている。
哀しみが。怒りが。
風は亡者の苦鳴の咆哮を呼び、夜の闇は死にゆく人々の姿を映し出す。
遠い昔に命奪われし者達の・・・・「だから、あなたの求めるものは見つからない。あなただけじゃない、誰も・・・・求めるものを見つけることはできない・・・・」
「本気で求めているのか?」
男の言葉に、女は思わず顔を上げ男を見る。
「本当にこれが全てなのか?」
「・・・・どうして?」
「本気で何かを求めるなら、それはいつか必ず手に入る。そして、ここから見えるものが本当に全てなのだとは誰にもわからない」
「あなた、わかってない」
女は少し怒ったような表情を見せ、男の前に立つ。
「わかってないわ、あなた。ここから見える死の世界に、何を求めるというの? 例え、私達がどんなに願おうとも・・・・私達はもはや、神に見放されたのよ。大いなる罪の子として」
「この世に神などいるものか。お前達こそわかっていない。世界はまだ死んでなどいないのだ、ということが」
男は、自信に満ちた表情で言った。
「なぜわかるの? これが全てではないと?」
女はそんな男に対し、丘の下の風景を指しながら反論する。
「知っているわけではない。ただ、私自身はそうと信じている」
言ってから、男はなにかいいことを思いついたかのように口元を綻ばせた。
「・・・・よし。ならば、私がそれを証明してみせよう。私自身の考えを、な」
それを聞いて、女は男を不思議そうに見つめる。
「行き先が決まったぞ。私の行くべき処が」
「・・・・何処へ?」
女が尋ねると、男は死の大地の遙か彼方を指した。
「あそこへ行く。この荒涼たる大地を越えれば、きっとまだそこには『生きている世界』が存在するはずだ」
「本気なの?」
正気の沙汰じゃないわ。そう言いたげな表情で、女は言う。
「もちろんだとも。それでは、早速行くとしようか。・・・・待っていてくれ、私は必ず戻ってくる。こんな死に絶えた世界が全てなどではない、という証を携えてな」
そう言い置き、男は女が止める間もなく丘を降り始めた――『死の大地』へと向かって。
女は丘の頂上に立ったまま、徐々に遠ざかる男の後ろ姿をじっと見つめていた。
細かな砂の粒が、時折強く吹く風によって吹き散らされるなか、男は前へと進み続ける。「・・・・あなたは・・・・」
その男の後ろ姿が完全に見えなくなったとき、女は小さく呟いた。
「あなたは・・・・何を成そうというの? 何もかもが失われて久しい、この世界で・・・・」
―END―