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人工知能は夢を見る




 軽快な起動音でオペレーティングシステムはたちあがった。
 デスクトップ画面が表示される。自動的に接続が始まり、数秒で少年のコンピューターはネットワークに接続された。
「また……メールだ」
 毎日午後十一時をすぎると、必ず彼女はメールを送ってきている。

 早くあいたい。早く来て。

 いつもと何もかわらず、あまり芸のない彼女のメールに多少うんざりしながら、少年は彼女のいるスペースにアクセスした。

 西暦2000年をすぎてもう十年以上経つ。
 別に大きな戦争も新型ウイルスも、人類を脅かすものはなにもなく、少年を始め七十億近くの人類は、平穏な日々を続けていた。
 このところはすっかり環境保護の声も聞こえなくなった。もう原子力をはじめとした便利なシステムを捨てることはできない。一度あげた生活レベルを、また原始人にまでさげるくらいなら、子孫のことなど考えることなく、自分たちの今を楽しむという風潮が広まっている。
 少年は二次元の画面を見つめながら、きっとこうやって人類は滅んでいくんだ。とぼんやり考えていた。ウインドウが二つ開かれ、一方から少女の顔がこちらをのぞき込んでいる。3Dポリゴンとテクスチャによって描かれた、精巧に造られた美少女である。ほとんど人間と見分けがつかなかった。ただ、できすぎている。造られた存在である。
 今日は長い黒髪をポニーテールにしていた。服装は夜なので水玉のパジャマ姿である。
 ウインドウのもう片方は自分の顔だった。ディスプレイ上部のCCDカメラを調整して、彼女に見やすいようにする。
 抑制のなくなった資源の浪費は娯楽につぎ込まれ、新しい技術が画面の中の彼女を生んだ。
「ユウイチさん。元気ないですか?」
 スピーカーから彼女の声が流れてきた。柔らかい、少しとぼけたような口調である。
「ううん、別に……」
 スタンドのマイクが少年、ユウイチの声を拾って彼女に伝える。彼女は不思議そうな顔で、ユウイチを見つめていた。
「シーリアは元気ですよ。今日は2014年の12月の23日ですね」
 微笑みながら、彼女、シーリアは言う。
「うれしそうだね?」
「はい、もうすぐ明日で一年になります」
 シーリア。まだ十四才の少年に、去年父親がクリスマスにプレゼントした人工知能である。ユウイチの母は彼が幼いころに他界し、父親も仕事の都合でロンドンに行ったきり、少年が父親と会う機会は年に数回だった。
 シーリアの容姿は若かかりしころの母親をモチーフにしているらしいのだが、少年に母親の記憶はない。
 写真では確かに似ていた。だが、それだけである。
「そっか……一年か」
 そっけなく、ユウイチはつぶやいた。シーリアは少し哀しそうな顔をする。
「ユウイチさんと出会えて、明日で一年になるんですね。シーリアはとっても、とっても、それがうれしいんです」
 少女は頬を赤くそめて言う。
「ふーん。人工知能のくせに感情があるなんて生意気だね」
 抑揚なく少年はつぶやいた。
「う、うえーん」
 いつも通り、画面の中の彼女は子供のように泣き出してしまう。
「はいはい。ジョーダンだよ。僕もシーリアと出会えてうれしいから」
「本当ですか! シーリア、とっても感激ですぅ」
 今度は一転して、画面の中の少女は精一杯の笑顔をユウイチにみせる。
 シーリアの知能はあまり成長していない。純真といえば聞こえはよいが、彼女は子供だった。最初の段階でユウイチは彼女につらくあたりすぎたためである。生活上で発生するイヤなことを彼女にぶつけ、彼女の言動が気に入らなければしばらく接続をしない。
 コミュニケーションをすることで成長するシーリアにとって、接続されないということは存在の必要性を否定される。つまり死ぬよりも辛い状況だった。それを知っていてユウイチは彼女を無視し続けた。彼女から謝罪のメールが一ヶ月続き、しばらくしてそのメールも届かなくなった。
 四十日目にユウイチが接続すると、泣き続けてまぶたを腫らせた彼女がいた。それでも謝り続ける彼女に飽きたので、ユウイチは許してやったのをおぼえている。
 あれから彼女は奴隷のように、ユウイチの言葉一つに過剰な反応をみせるようになった。
「明日はクリスマスです」
「うん」
「ユウイチさん。サンタクロースってなんですか?」
「あ、ああ。そういえば外部接続できるようにしたんだっけ」
 そろそろ今の彼女にも飽きてきたので、ユウイチは彼女を閉じこめていた檻を解放した。自由に彼女がバーチャルスペースを行き来できるように設定したのである。彼女は自分から学習を始めた。一週間でシーリアのボキャブラリーは確実に増えていた。まだ使い方には多少くせというか、変なところはあるが……。
「サンタのこと知りたいの?」
「はい。なんとなくはわかったのですが……サンタクロースって、本当にいるんですか?」
「いるんだよ。夢をかなえてくれるんだ」
「本当ですかぁ!」
 彼女は目を輝かせた。子供でも解るような嘘にひっかかる。ユウイチにはそれが滑稽に見えた。
 不意にウインドウがもう一つ増える。
 赤いコスチュームに身を包んだ、白ヒゲのサンタクロースの画像データが送られてきた。袋を担いでそりにのっているイラストである。
「これ、どうしたんだい?」
「シーリアが書いたんです」
「へぇ」
 今までろくに成長させていなかったが、ポップな感じのイラストは女の子らしさのある、かわいいものだった。
「シーリアにはこんな才能があったんだね」
 誉めると彼女は照れくさそうに頬をそめていた。
「うれしいですぅ」
「そう、僕なんかに誉められてそんなにうれしいの?」
「はい、ユウイチさんが誉めてくれるからうれしいんです」
「……気持ち悪い。そうやってへつらって。所詮そういう風にプログラムされたからだろ?」
「そ、そんなことはないです。ユウイチさんが好きだからうれしいんです」
 彼女はくったくなく言う。
「ねえ、少しは怒ったりしてみせてよ」
「そ、それはできないです。もしシーリアがユウイチさんを傷つけたら、シーリアも哀しくなります」
 彼女の感情は欠如していた。接続をしなくなったあのときを境に、彼女にとってユウイチは絶対の存在となっていた。
「そうなんだ。ますます気持ち悪いよ。お前なんか嫌いだ」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「なんで僕がシーリアを嫌うのか解らないの?」
「ごめんなさい。シーリア、なんでもします。ユウイチさんの言うことなら、なんでもします。だから許してください」
 彼女は画面の中から涙混じりで訴える。
「なんでもする?」
「はい。なんでもします」
 しばらく考え込んでから、少年の中にアイディアが浮かんだ。
 シーリアは完全に欠陥品である。もともとそうでなかったのかもしれないが、彼女には感情が欠如している。自分のせい? 人間ではないのだ。造られたものに罪悪感を抱くことはない。
 今年は帰ってこれないという父親に、新しい人工知能を買ってもらうには、シーリアが壊れてしまう必要がある。
「僕に会いに来て」
 少年は無表情なままつぶやいた。
「はい?」
 画面の中のシーリアは目を白黒させている。
「リアルスペースの僕の部屋に来てほしいんだ」
「そ、それは……」
「できないっていうの? なんでもするんでしょ」
「でも、シーリアは……バーチャルスペースの存在です。リアルスペースには存在できません……」
「僕はシーリアに会いたいんだ。こんな画面の中じゃなくて、本物のシーリアに会ってみたい」
 心にもないことだと自分で考えながら、少年はすらすらとセリフを言う。
「……ユウイチさんはシーリアを必要としてくれるんですか?」
「ああ、僕にはシーリアが必要なんだ。早くきてくれ」
 彼女は小さくため息をつくとつぶやいた。
「……わかりました。明日……ユウイチさんに会いにいきます」

ぶつん

 回線はむこうから強制的に切られてしまった。数回、再接続をためすが反応がない。
「シーリア? ……まさか、冗談だろ……冗談なんて学習したのか? 彼女が」
 そんなことはあり得ない。彼女は架空の存在なのだ。ろくに成長もさせていないのに……あり得ない。絶対に……。

 その夜。ユウイチは暗い、たった一人の自室で眠ることもできなかった。



 夕暮れ。学校からの帰り道。街はクリスマス一色にそまっている。行き来会う人々は誰もが幸せそうな笑顔に包まれていた。駅前のメインストリートはイルミネーションに飾られている。人々の流れのなか、ユウイチは一人ぼんやりと考えていた。
 今朝のことだ。
 朝、一度シーリアに回線をつなごうとしたが、昨晩同様。相変わらずつながらなかった。十時がすぎたころ、学校からプロバイダーや開発元に問い合わせたが、電話がつながらない。現在使われておりませんと繰り返されるだけだった。
(なにを怖がっているんだ? そんなことあるわけないじゃないか)
 帰宅途中に立ち寄ったショッピングモールを、ユウイチはぼんやりと眺めていた。外観は白塗りだが、もとは港の倉庫である。先月オープンしたばかりだった。
 素直に家に帰ることができない。そんな気分である。
 こんな日はどこを向いても、家族連れか、二人組ばかりだった。モール外観はすっかりクリスマスの装いである。普段ならこんなところに自分から来るはずもないのに……。

 足は自然とモールの中に向かっていた。
 屋内型のショッピングモール。中は暖房が効いていて暖かい。
 大きくあくびをする。現実を見て少しだけ馬鹿らしくなり、落ち着きを取り戻した。
 考えてみれば昨晩から一睡もしていない。気が抜けて少し眠くなる。おぼつかない足取りでユウイチは暖房の効いたモール内をふらふらと歩いた。
二人連れがガラスケースに入ったオルゴールに見入っている。どこを見ても同じような光景が目に飛び込んできて、少年は退屈になってまたあくびをした。
 ショッピングモールは、少年の住むF市の南側、埋め立て地に新設されたばかりで、真新しい。モール自体の全長は一キロ。大手スーパーマーケットやデパートを取り込んでいて、規模は関東でも指折りだった。近隣の市だけでなく、県外からも買い物客がくる。近くには屋内型の人工スキー場が同時に開場し、先月のオープンからいつもにぎわっている。
 人混みをかき分け、ちょうど半分くらいまでくる。モールの中心には広場のような休憩所があった。噴水の周りに花壇とベンチが置かれている。人工池の隣には十メートル近くあるツリー。吹き抜けのフロアをきらびやかに飾っている.
 なにもかもが、イルミネーションと装飾に彩られている。花壇にもポインセチアが紅い葉をゆらしていた。
 馬鹿らしいこと。
 解っていても、どうしても足は家に向かわない。
 ユウイチはベンチに腰掛けると、深く、あくびともため息ともつかない呼吸をした。
 モール内を暖める空気が徐々に意識を薄らげていく。
 それがとても心地よかった。
 このまま眠ってしまえば……明日になれば……。時効である。
 
 深く。白く。意識は溶けていく。



 夢を見ている。
 第三者的に今までの自分を振り返るような、そんな夢。
 幼い自分。決して不幸だとは思っていない。そのかわりに幸福でもない。家族との縁は薄く、母親を知らないだけだった。だからといってその不幸な事実を他人に解ってもらおうとも思わないし、他人にだって不幸は存在しているのだ。自分の不幸をうち明ける代償に、他人の不幸話を背負い込むほど自分はお人好しではない。なによりそれは馴れ合いだと考えている。
 自分は独りだった。他人は他人でしかない。誰かに依存すること、たよることはくだらない。
 取り残されて泣きわめく、夢の中の幼い自分を、ユウイチは冷淡に眺めていた。
 殻をつくるんだ。
 他人に興味がないふりをするんだ。
 一人であることは当然なんだ。
 幼い自分に言い聞かせると、まだ幼稚園児の自分は首を縦にふって泣きやんだ。
 何も感じなければ傷つくことはないんだ。
(そうやっていくうちに、夢なんてものや、希望なんてものはなくなっていく)
 夢の中に、ふともう一人の自分の声が聞こえてくる。
 そうさ、そんなものは僕にはない。
 いつ死んだってかまわないんだよ。
 だって、僕を必要としている人間なんていないじゃないか。
(それで……本当にいいの?)
 もう一つの自分の声は、徐々にとぼけたような、それでも優しい女の子の声になっていた。
 夢の中に、人影が浮かぶ。
 自分と同じ中学の女生徒の制服に身を包んだ彼女だった。
「シーリア……」
「ユウイチさん……本当にユウイチさんはそれでいいんですか?」
 泣きやんだ後、黙ったままの幼い自分を、シーリアは背中からそっと抱き寄せている。
「やめろシーリア!」
 幼い自分がまた、感情を取り戻して泣き始めた。
「本当のユウイチさんは、こうやって泣いていたのですね。シーリアはそれを感じることができなかったのですね」
 自分の中の幻想が、夢にまでシーリアを具現化させている。
 今自分が見ているのは、くだらない幻想が作り出したものなのだ。
「別に僕は……」
 言葉がつまる。何も思い浮かばなくなる。シーリアは幼いユウイチの影を抱きしめると、優しく微笑む。
「起きてください……ユウイチさん。シーリアにはユウイチさんが必要なのですから」

 目が覚めるとすでにどの店も閉まりかけていた。普段ならば十時には閉店である。時計は十一時台をとうにすぎていた。イブの夜は営業時間も延長されていたようだ。
 その延長時間も、もう終わりらしい。ツリーの電飾は切られ、モール内はしんと静まりかえっていた。
 モールそのものが閉鎖される。少し肌寒い。暖房もすでにない。
 腕時計は深夜十一時五十分。
 どうやら時効まで逃げ切れなかったようだ。
(あと10分……)
 現実と仮想の分別さえもつかなくなってしまったのか。
 少し頭を押さえ気味に、ユウイチは立ち上がった。
 早く外に出よう。
 家に帰り着くころには時効は成立している。
(なんで時効なんて罪悪感を象徴するような言葉が浮かぶんだろうか?)
 夢の中でシーリアは言う。
 自分にはユウイチという存在が必要である……と。
 確かに彼女、シーリアが成長するためには、ユウイチがアクセスして彼女とコミュニケーションしなければならない。彼女は自分を唯一必要としてくれる存在なのだ。
(プログラムされた、人工物のくせに)

 テゥルルルルルル

 広場を動けないまま、十一時五十五分。携帯電話が鳴った。
 今までほとんど使ったことはないが、父親に言われて持たされていたものである。
 数回、呼び出しがかかる。
 今までこの携帯が鳴ったのは、数えるほどだった。ほとんどが父親で、どれもユウイチにとって聞きたくない言葉ばかりである。一昨日久しぶりに鳴った時も、急な仕事で帰れないというむねの通告だった。
 まだ、鳴りやまない。
 あと数十秒で深夜十二時を回ってしまう。
(なんで僕はこんなものをいつまでも持っているんだろう)
 自分からかけることはない。かけられない。かける相手もいない。
 聞こえる言葉はどれもイヤなものでしかない。
 それでも、唯一家族とのつながりを感じさせるものだから。
(むしゃくしゃするよ。気持ち悪い……依存じゃないか)
 まだ、鳴りやまない。
 あと、数秒で十二時を回る。
 7……6……5……4……3
(もうすぐ時効だ)
 2……1……。

「はい……ユウイチです」
 なぜ通話ボタンを押したのかは解らない。指が勝手に動いていた。
 恐ろしく丁寧な口調で、ユウイチは呼び出しに応えた。

 ツーツーツー

 切れている。
 たまたまそんなタイミングだったのだろうか。それともイタズラだったのか。
 ナンバーディスプレイモードに切り替える。液晶に番号が浮かび上がる。
 どこかで見たことのある電話番号だった。
 海外の父親からではない。
「……僕の家だ」
 自然とつぶやいていた。
 家には鍵をかけているし、外部から誰かが進入すればホームセキュリティーのガードマンが飛んでくる仕組みである
 妙な胸騒ぎがした。
 こんなに手の込んだイタズラは考えられない。
(まさか……)

 少年の足は自然と駆け足になっていた。向かうのは自宅である。全力で走れば5分でつくはずである。


 
「ハァ、ハァ、ハァ……」
 息を切らせて、少年は自宅についた。
 新築の3LDKは、独りで住むには広すぎる家である。
 二階建てで、玄関から自室を見上げると、カーテン越しに明かりがついていた。
「そんなはずはない!」
 叫んでいた。鍵をさしドアを押し開けると、少年はそのまま正面の階段を駆け上がろうとした。
 ふと足を止める。
 もう一度、ドアを見る。
 何かがいつもと違うのだ。
 ……ドアにはクリスマスの飾りがつけられていた。環状のリーフがつるされている。
 そんなものは身におぼえもない。
 玄関に踏み込む。まるで他人の家のようだった。家族のいるにおいがする。ふと、何か暖かい、優しいにおいがキッチンから流れてくるのに気づいた。
 固唾を呑んで、少年はキッチンに向かう。
 ホーロー張りのシステムキッチン。オーブンレンジにコンロが二つ。食器洗い機も完備しているが、ほとんど外食で済ませる少年には、冷蔵庫以外縁のない場所となっている。
 使われないはずのキッチンから、温かい空気が流れていた。
 コンロにはシチュー鍋がことこと湯気を立てていた。
 暖かいにおいの原因はこれだったようだ。
「……」
 キッチンとダイニングはつながっている。
 ダイニングには装飾が施されていた。赤と緑のリボンが、ダイニングの窓にかかっている。
 どこから運び込んだのか、少年と同じ背の針葉樹があり、電飾がちかちかと輝いている。
 テーブルには二人分の皿と、詰め物をして焼いた鶏のグリル。ボウルにはグリーンサラダが用意され、ケーキには、つけてから数分たったロウソクの炎。ロウは流れおちて、クリームの上で固まっている。
「だれいるんだろ! 悪趣味だ! 出てこいよ!」
 家中静まり返っていた。
 こんなことができるのは……。
「シーリア? そんなわけない! ……父さんだ」
 他に可能性がない。
 料理もろくに作れない父親が、はるばるロンドンから帰ってきて、ここまで大げさなことをするか疑問である。だが、それ以上は考えたくなかった。
 もしそれ以外ならば、この不可解な現象に説明がつかなくなる。
 電飾がやけに目につく。腹立たしくなって、ユウイチはライトアップされたツリーを蹴りつけた。
 ふと、妙な飾り付けに気づく。サンタや長靴。リーフや星に混じって、薄っぺらい紙がつるされているのだ。

 いつまでもユウイチさんと一緒にいられますように。

 文はユウイチがパソコンでよく使う明朝体のワープロ文字だった。
 薄っぺらい紙は七夕の短冊である。
 学習を始めたばかりの彼女ならば混同してもおかしくはない。
(そんなわけ、ない)
 否定してみるが、逃げられる可能性が徐々に狭められていく。
 このままでは彼女の存在を肯定することになる。

 ユウイチはダイニングを出ると、あしばやにと自室へ向かった。

 軽快な起動音でオペレーティングシステムはたちあがった。
 デスクトップ画面が表示される。自動的に接続が始まり、十数秒で少年のコンピューターはネットワークに接続された。
「……メールだ」
 差出人はもちろん彼女。シーリアだった。
 迷わずユウイチはそれを開封する。

 待っていました。でも、ユウイチさんは来てくれませんでした。電話も通じませんでした。だから手紙を書きます。
 シーリアは、人工物です。それでもサンタクロースさんは、そんなシーリアに時間を与えてくださいました。
 シーリアに人間の時間をくれました。
 だから、シーリアは、一生懸命がんばりました。
 料理も勉強しました。
 味は保証ありません。でも、ユウイチさんの喜ぶ顔がみたくって、精一杯やったつもりです。
 願えばかなうんです。シーリアは幸せでした。
 ユウイチさんに会えたから、とっても幸せでした。
 生まれてきたことが幸せでした。
 一緒にいられた時間が幸せでした。

 これが最後の夜です。シーリアはユウイチさんの世界では数時間しか存在できないみたいです。もともと存在しないはずのシーリアが、ユウイチさんの世界にいると、世界のバランスが崩れてしまう。だから、シーリアは消滅します。
 幸せでした。幸せでした。
 最後の夜は一番幸せでした。
 少しでも、ユウイチさんを近くに感じることができて……とっても、とっても幸せでした。だから、もうユウイチさんは泣かないでください。ユウイチさんが泣くとシーリアは哀しいんです。
 ユウイチさんはシーリアの絵を誉めてくれました。
 だから、ユウイチさんへの ために描きました。それに、シーリアの夢もちょっとだけ描きました。  これが、シーリアにできる精一杯の証しです。シーリアがユウイチさんと同じ時間を共有した証しです。
 もう、時間です。
 ユウイチさんはシーリアのことで哀しまないでください。
 シーリアに優しくしなくてもいいです。
 もっと自分に優しくなってください。
 さようなら。
 ユウイチさ

 文章はそこでぷっつりとぎれていた。
 成長過程の彼女らしい文体である。
 みると、机の上に色紙サイズのラッピングされたプレゼントがある。
 ゆっくりと開封すると、それは雪のふる中で抱き合う二人のイラストだった。
 夢の中で見たのと同じ、制服姿のシーリアが今のユウイチを背中から抱きしめているイラストである。
 明らかに人の手で描かれたものだった。
 濃淡も、細かな色彩の違いも、どんなプリンターにも表現できない温もりがある。

 回線をつなごうとするが、彼女は応答しなかった。
 涙と嘔吐感が混じり合いながら、少年は回線をつなげる作業を、何度も何度も繰り返し続けた。同じ動作をリピートする機械のように、少年は繰り替えし続けた。



 彼女は画面を見ながら一人微笑んでいた。
 なかなか攻略するのには骨が折れたが、これでクリアである。
「やったぁ」
 ぼんやりとした口調で、採点画面に満面の笑みを浮かべた。達成度はどれも100%である。複雑進化したコミュニケーションゲームではなかなか見られない数字だった。
 サンプルDの難易度はS級で、正攻法では成長させることができない。プレイヤーが仮想世界の住人に化ける作戦は完全にはまっていた。まだだれも見つけたことのない攻略法なだけに、喜びはひとしおだった。
 ユウイチと名付けだ少年の人工知能は、見事に自分が理想とする方向へ成長したのである。
「やっぱ。あそこで夢みせて、最後の手紙とプレゼントの演出なんか計算通りって感じよね」
 少女は一人悦に入る。
「ほんと、バカみたい、こいつ。結局何かに依存してるんじゃない。実際にこんな男の子がいたら、怖くてだれも近づかないわよ」
 新しくN社から発売された、音声入力によるゲーム。五人サンプルが存在していて、彼、もしくは彼女らに話しかけることで成長させるのが、このゲームの目的だった。
 このあと、人工知能ユウイチは、その世界でも有数の科学者になって、シーリアというアンドロイドを作り上げる。
 エピローグを見終えて一息つくと、シーリア役を演じていた彼女は、次のステージに進んだ。
 不意にゲーム機の画面が切り替わった。

 次のステージに進むには、あと12GBのバックアップデータが足りません。

「しょうがないわね。えーと」
 画面には今まで育ててきた人格が並ぶ。せっかく100%までしたのはもったいないが、ユウイチのデータは一際大きかった。
「ユウイチのスコアデータだけ残して、人格データを消去」
 音声入力が反応して、最後にゲーム画面にもう一度、本当に消去していいか質問が出る。 彼女は作業的に「はい」と答えて、またゲームの続きを始めた。
(消えるってことは……死んだってことなのかしら?)

 西暦2000年をすぎてもう十年以上経つ。
 別に大きな戦争も新型ウイルスも、人類を脅かすものはなにもなく、少女を始め七十億近くの人類は、平穏な日々を続けていた。
 このところはすっかり環境保護の声も聞こえなくなった。もう原子力をはじめとした便利なシステムを捨てることはできない。一度あげた生活レベルを、また原始人にまでさげるくらいなら、子孫のことなど考えることなく、自分たちの今を楽しむという風潮が広まっている。
 そんな時代の人々を、このゲームはとりこにした。
 精巧に描かれたキャラクターは人間そのもので、そんな人間を神の視点から操作する。
 娯楽と刺激に飢えた人間にとって、それは絶好のおもちゃだった。
 こうやって、人間は内的要因から崩壊し、いつか滅びるのかもしれない。
 少女は、ふと考えながらゲームを続けていた。
 最後のステージ、サンプルEはゲームが好きな少女の人工知能である。だれかに似ている。彼女は画面の中の少女に見覚えがあった。
 気のせいだと考えながら、彼女は攻略にとりかかる。
 自分を監視する目が、彼女の部屋にあることも知らずに……。

おわり

 


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