ふっ、と『無』の姿がかき消えエリザの真横に現れる。

 「まずは貴様だ」
 「わわっ!」

 『無』の蹴りがエリザのみぞおちに決まる。

 「あぐっ」

 吹っ飛ばされ、いきなし失神する彼女。
 根性なしぃぃぃぃ! あほぉぉぉぉっ!
 カイとの間合いを詰める『無』。
 ひゅいんっ
 カイの金属板が風を切り裂き『無』に迫る。
 右手ではらう『無』。
 デーモン程度ならすぱすぱ切り裂く凶悪な魔力の刃を、である。

 「そんな……」

 カイが呆然となる。気持ちは分かる。けどねぇ、呆然としている場合じゃない。
 相手が何で攻撃してくるのかは分からないけど、あいつが善玉には見えない。
 やらなきゃやられるシチュエーションだ。

 「火魔火炎砲!(フリートフレイム)」

 あたしは唱えておいた呪文を解き放つ!

 「ぐぅっ!」

 『無』は声を漏らす
 が───それだけだった。
 んなあほなっ。
 吸血鬼ぐらいならあっさり倒す呪文を受けて呻くだけなんて……
 レイが両手に魔力を溜めて飛びかかる。
 『無』の気が膨らみレイとカイをまとめて吹き飛ばす!

 「大丈夫っ?」

 あたしの叫びに立ち上がる二人。

 「レイ……手を出さないでください」
 「何だって」

 えぅえぇぇええええ!? どーゆーイミ!?

 「ぼくは……ぼくの中の破壊魔を覚醒させます、だから……」

 その言葉にあたしははっとした。
 どんなに苦しいだろう。カイは。
 それはカイにとって自己の精神に対する自傷行為に等しいことだ。
 レイは無言で頷き、退く。
 目を閉じたカイのまわりに異様な気が渦巻く。
 『無』がけげんそうな顔をし、光弾をカイに放つ!
 あぶないっ!
 あたしが叫ぶそのまえに、紅く光る眼のカイは素早い動きで横に跳んでいた。

 「あ……」

 あたしは息を吐いた。
 カイの心が破壊魔に支配されたことを知って。
 『無』が歓喜の声を上げる。

 「破壊神か! まさか貴様の中に潜んでいようとは。
  だが、所詮、器が違うのだ。
  我と、貴様ではなっ」

 破壊神!?
 そんなにすごいもんなのか、カイは。
 伝承にしか出てこない破壊神。
 神魔戦争にもほとんど姿を見せていないらしい。
 破壊神が疾る!
 『無』が消える。
 次の瞬間、破壊神の後ろに現れる『無』。
 くるりっ、ととんぼ返りをし、右手から魔力を解放する破壊神。

 「ぐっ!」

 『無』が呻く。追い打ちをかけるように破壊神が右手で『無』の首を薙ぐ。

 「ふ、なかなかやるな。しかし貴様ごときの破壊神は、我の敵ではない」

 言って『無』は左手を出す。不可視のものが集まる気配がした。
 がごっ
 突っ込んできた破壊神を弾き飛ばす!
 それでもなんとか着地した破壊神の首を『無』はひっ掴み、ブン投げる!
 だむっ
 鈍い音をたてて、岩壁に背中から激突する破壊神。
 同時に渦巻く気が霧散し、険のある表情が消える。
 カイに戻ったのだ。
 破壊神とは言え、『カイ』という人間の器を通して覚醒するのでは力が十分に
ふるえないのだ。
 そんな破壊神でも人間にとって驚異である。
 しかしこの『無』というやつは、一種圧倒的な力を持っている。
 ふうっ、と力が抜けるように倒れこむカイ。岩壁にぶつかったせいか、ゆっくりと
地面に赤い水たまりができる。
 血液―――

 「カイっ!?」

 あたしの呼びかけに、しかし彼はぴくりとも動かない。
 わっわっわっ、どーしよーっ! 生きてるかーい?

 「気絶しているだけだ」

 レイ!?
 レイは『無』に対峙した。

 「お前は強いらしいな。よく分かるよ。
  ローランのときは、やらなかった技を見せてやる。
  ローランも俺もあれは嫌いなんだ」

 あれ……かぁ……
 あたしもその能力は一度見たことがあるのだが………
 いや……あんまり想い出したくない。
 レイの身体がふわりっ、と宙に浮いた。
 レイは両腕を左右に開き、ゆっくりと眼を閉じる。
 めきっ! めぎぎぃっ!
 耳障りな音は、レイの背後からした。
 ………魔族だから姿形が変わるのがとーぜんとはいえ………
 ばっ! と、レイの背後に開いたモノ。
 それは、六枚の悪魔の翼だった。
 
 「─────!」

 あたしがこれを見るのは二回目である。しかし……慣れないものだ。
 ぎぎいっ! ぎがっ!
 音はさらに続き、レイの頭から山羊のような角が生える。
 両目の下に、血の色をした筋が二本現れ、手の爪が伸びる。
 レイは目を開けた。
 狂気の色を湛えた瞳が笑っている。
 右手にいつの間にか握られている鎌。

 「さあ、行こうか」

 すでに魔族本来の容姿となったレイは嬉々として呟いた。



 
 鎌を片手に突っ込むレイ。
 悪魔の翼が小刻みに羽ばたいている。
 『無』に至る直前でレイは進路を左に変え、同時に魔力弾を打ち出す!
 魔力弾を弾いた『無』にレイの鎌が迫る!

 「くっ」

 『無』は鎌を受け止め、虚空へ消える。
 同時に消えるレイ。
 しばらくして『無』が現れる。
 レイは!?
 と、少し間合いをとってレイが現れる。

 「本気の俺とやり合えるなんて、強いな」

 余裕に感じられる口調だが、レイの息がわずかに上がっている。
 あたしが先程から手を出さないのは、出さないんじゃなく出せないのだ。
 ヘタに近づけば、レイと『無』の戦いに巻き込まれるし、こちらから呪文の援
護射撃はできない。
 レイの足かせになりうるからだ。
 レイが上段から鎌を繰り出し、同時に足元をねらって蹴りを入れる。
 すいっ、と『無』が後ろにさがる。
 と、それを予想していたかのようにレイは自然な動きで踏み込む。
 左手の魔力を撃つ!
 鎌はフェイントか?
 よけきれず『無』に魔力弾が炸裂する。
 と、『無』は動じる様子もなく、不可視の何かを放った! らしい。
 とっさにレイは消えたのだが、一瞬の差でレイの翼の一枚が切り落とされる。
 落ちた翼はどろりと溶けて消える。
 レイは間髪入れず『無』の横に出現した。
 が、まるでそれを読んでいたかのように。
 『無』の背から何かがわき出しレイを───捕らえた!
 無の触手はレイを締め上げる。
 足も、手も、身体も、翼も。
 全く動けないでいるレイ。
 あの状態では、消えることもできないらしい。
 ハデな術を一発お見舞いしたいところだが、あれではレイを巻き込んでしまう。
 『無』のやつ、んなことまで読んでいるのか!?

 「かはっ」

 レイが息を吐く。動こうと抗うが触手は緩まない。
 ぢうんっ!
 レイが手から魔力を放った。
 しかし、レイを縛る触手は彼を放さない。
 ばづっ! ばづづっ!
 『無』が触手に魔力を流した。
 レイが体をのけぞらす。
 彼を戒めていた触手が解かれるが、彼は力無く倒れるだけ。
 カミーユ=レイを倒した!?
 嘘………
 と、ともかく!

 「精閃矢!(スピリッツ・アロー)」

 あたしは呪文を放つ。
 当たれぇっ!
 しかし、『無』はひょいっ、と身をかわす。
 ちちいっ
 倒れたレイには見向きもせず『無』がこちらに向き直る。
 レイもカイもエリザも倒れている。
 ヤバいぞ。
 ここは洞窟の中、大きな呪文は使えない。万が一、崩れでもしたらマズいから。
 ……どーしよお……っともかく、

 「黒魔塊!(ブラック・ドレイン)」

 溶岩のような輪郭のない黒い魔力弾が飛ぶ。
 『無』はそれを右手で吹き散らす。
 そしてその右手の指を一本立てる。
 不可視の何かが集まる。
 不吉な予感を感じて横に飛ぶあたし。
 後ろの岩壁に不可視の何かは深い穴を穿つ。
 と、今度は赤い色の光線が無数に飛んでくる。
 なんとかかわした、つもりだった。
 よけきれなかった数本が脇腹をかすめ、足を貫く!

 「くっ!」

 激痛がはしる。
 ダメージ自体は少ないはずだが……
 動けないのだ。痛みのせいで。
 『無』はゆうゆうとあたしの方へ歩いてくる。
 マズい。真剣マズい。
 不可視の光線が解き放たれる!

 「痛っ」

 それは動けないあたしの肩をマトモに貫く。

 「貴様が首謀者のようだからな……なぶり殺しにしてくれる」

 ひえええぇぇぇ……首謀者って……
 『無』に向かって手をかざすあたし。
 ともかく何とかしなきゃ! まずは術ぶちかまして………
 どがしゃあっ!
 え?
 あたしは目の前で起こったことが一瞬理解できなかった。
 あたしの前に来た『無』が突然吹き飛ばされたのだ。
 横を見るとレイが荒い息をついている。もちろん倒れたままで。
 つまり───
 動けない状態にあったレイは『無』に魔力弾を浴びせ、それが『無』を吹き飛ばしたのだ。
 しかし、さっきの攻防でレイの力はかなり落ちている。
 証拠に、翼と角が消えている。

 「くっ」

 盛大にあがる土煙の向こうで『無』が立ち上がる気配。
 よかったー、などと安心している場合ではない。
 レイもあたしも全くといっていいほど動けないのだ。
 勝算は………ない。
 『無』がゆっくりと歩いてくる。
 そしてどうしたのかあたしの前を素通りする。
 まさかっ!?

 「やめてっ」

 あたしの口から悲鳴混じりの声が漏れる、が『無』は歩みを止めない。
 『無』は倒れたレイの前で立ち止まる。
 レイは肩で息ををしながら、『無』を睨んでいる。
 レイの長い髪の毛をひとまとめにして掴み、強引に持ち上げる。
 あっさりとレイの体が持ち上がる。

 「精閃矢!」

 なんとか呪文を解き放つあたし。
 直撃した!
 ところが、である。精閃矢が直撃したというのにカケラも動じないのだ。
 相手の精神を破壊するこの呪文、魔族なんかに効果があるのだが。 
 魔族ではない『無』には効かないのか?
 あたしのことは全く無視して、『無』はレイに手をかざす。

 「あぁ……うっ……」

 ぎゅっと眉根をよせ、小さく呻くレイ。
 『無』は吸収しているのだ、レイの魔力を。
 純魔族というのは魔力が意志を持ったようなモノだ。
 むろん『核』はあるのだが。
 その魔族にとって魔力を必要以上に失うことは致命傷。
 ましてや今のレイの力では………
 レイが片手を『無』にかざす。
 が、小さく灯った魔力の光も『無』に吸い取られたか消えて行く。
 レイの呻きが小さくなり、消える。それと同時に表情が遠のく。

 「レイっ!?」

 あたしの大声で彼は微かに目を開けた。

 「お前なら勝てる。お前は俺より上だよ」

 レイが呟いた。

 「悪あがきか」

 『無』の声にレイの魔力が大きく減るのが分かる。
 とーとつに。『無』はレイを掴んでいた手を離す。
 とさっ、と。
 軽い音をたて、レイが倒れる。
 まだ微かに息はある。ほぼ虫の息だけど……
 でも、『勝てる』って……分かんないよ、あたし……
 『無』が倒れているカイの方へと向かう。
 その時、だった。
 ヴォン……
 胸元でなにかの唸るような音。
 胸元を見ると、首飾りが輝きを増している。
 試しに魔力を集中してみる。
 ヴォンッ
 さっきより強い!?
 これは、もしかして増幅の効果があるのか?
 その間にも『無』はカイの方に歩みを進めている。
 ええいっ、迷ってるヒマはないっ!

 「待ちなさいっ」

 あたしは気力を振り絞り、立ち上がる。激痛がはしるがそんなことを気にして
いる場合ではない。

 「ほお、立ち上がったか。たいした精神力だ。が、我を倒すことができるか?」

 ゆっくりとこちらを向く。

 「できるわよ。あたしね、カケラでも勝てる確率があったらそれを諦めないタチなのよ。
  そして今のあたしには、ちゃんと勝算がある」
 「やってみるがいい」

 おおっし、やってやろーじゃないのっ!
 首飾りに魔力を集中する。
 首飾りの輝きが一層強くなる。
 と、
 吸い取られるようにあたしの魔力が首飾りに収束する。
 むろん、あたしの意志ではない。
 こいつ、とんでもない力を持った増幅器か!?
 ならばっ! あんな技や、こんな技もっ!?
 かちゃりっ、と首飾りを外す。

 「貴様っ!? 何を?」

 『無』は言い魔力弾を打ち出す。
 が、それは全てあたしの周りで消えた。
 高まりまくった魔力が障壁を作ったのだ。
 もしもこの首飾りが、高レベルの増幅器であるとすれば、これ以上のこともっ。

 「くっ」

 あたしは呻いた。
 思った以上に体力、魔力の消費がすごい!?
 長続きしたらあたしの方が、負ける。
 『無』が今度は不可視の光線を放つ。
 やはりあたしには届かない。
 いくぞっ

 「もしも力ありしものならば、我が力を食らいて、剣と成せ!」

 首飾りの魔法の石から伸びる魔力の刃。
 やっぱりできた!
 これなら……
 例えあたしが魔族より弱くても、あたしの魔力容量全てをこの増幅器に同調させれば!

 「人間風情がっ!」

 『無』は言い、あたしに向かって走る。
 迎え撃つべくあたしも走る。
 魔力、尽きないでっ! お願いっ!
 二つの影が交錯し───
 ざむっ
 よろめいたのは、『無』だった。
 刃を受け止めようとした左手ごと胴を薙がれ。
 しかし……倒れない! 
 それに対してあたしの魔力はそろそろ限界……

 「キラ! こっちだ!」

 とーとつにレイの声が聞こえた。

 「レイ!? 大丈夫なの!?」

 レイは応えず、あたしの側までくると首飾りに手をかざした。
 今までとは違う力が、確かにあたしの中に生まれた。
 レイの魔力が首飾りに吸収されている。
 刃が大きくなっていく。

 「我は倒れんっ!」

 『無』が立ち上がった。
 今だっ!

 『行けえっ!』

 あたしとレイの声が重なった。
 刃は首飾りを離れ、真っ直ぐに『無』を貫く。
刃は力を失わずそのまま突き進み、洞窟の壁に深い穴を穿った。
 『無』の身体が仰け反り、ゆっくりと倒れる。

 「なぜ……我が?……」

 『無』の身体が霞み、消える。
 さながら夜霧が風に舞い散るように。
 その後には、何も残らない。
 あたりの魔力が霧散するや否や、後ろでレイの倒れる音がした。
 それにつられてか、あたしも地面にうずくまる。
 何とか首を回してあたしはカイとエリザを見る。
 カイの方は傷ついているけれど大丈夫そうだ。
 エリザは気絶しているだけである。  あたしとレイは……あたしは大丈夫。魔力もほとんどないし、体力もぎりぎりだけど。
 レイはどうだろう? かなりダメージうけてたし……… 
 魔力の使いすぎのせいか急に眠くなりその場で大の字になる。
 少し……寝るか………
 あたしは目を閉じた。
 薄れゆく意識の底で、あたしは夢を見ていた。
 そして――――




 「本当に終わったのかなー」 

 『無』を倒したその後、
 寝込んでいるあたしと一緒にみーんなすぴょすぴょ寝ていたのだ、これが。
 目が覚めた後、とりあえず禁断の森の外に出た。

 「なぁぁにが『本当に終わったのかなー』よっ。
  あたしとレイは死ぬほど苦労したんだからっ! まったくー」
 「キラ、エリザの首締めてもしょうがないでしょう」

 カイが笑う。
 その顔にはもはや破壊神の面影はない。

 「で、結局どーなっちゃっちわけ? あの『無』って奴は」

 ひたすらのーてんきなエリザ。

 「ああ、あたしの首飾りが高レベルの増幅器だったのよ、これが。
  んで、そのあたしの魔力とレイの魔力を首飾りに同調させて、魔力の刃を造ったの。
  それが『無』を倒したのよ」  

 結構、ピンチになったけど
 心の中で付け加える。

 「で、君はどうするんです?」

 エリザはカイの問いかけにしばし、考え込む。
 やおらぽんっ、と手をたたくと、

 「もし迷惑じゃなかったらしばらく一緒に旅したいんだけど。どお?」

 あ、それもいーかも……

 「あたしもいいし、カイもオッケーと」

 横で頷くカイ。

 「俺も構わない」
 「よし、しばらく一緒ってことね。んじゃ、宿に帰ってから行き先を決めよー」 
 「ありがとっ、キラさん」
 「あ、これからはキラでいいわよ」
 「んじゃキラ、見かけに寄らずいい人ねっ」

 ぷちっ

 「ぬあぁぁんでぇすってぇぇぇぇ!?」
 「きゃーーっ! キラっ! 剣抜かないでっ!」
 「ああっ! キラっ! 星屑の嵐はやめて下さいっ!」

 かくて───
 あたしたちは広大な『禁断の森』を後にしたのだった。

 
 
                                          (第一話:完)
*あとがきへ*