アンヌさんは、いやアンヌはカウンターの前に腰掛けていた。
 静謐な狂気をたたえた微笑を浮かべて。

 「黒幕は、あなただったのね? 全く最低」

 あたしの問いかけに彼女は右手で持っていたグラスを少し傾けた。

 「気に入ってくださったかしら? 余興と、この部屋」

 自分の着ている血染めのタキシードに新しい血液をこぼす。

 「いいえ。全然」

 怒りを含んだあたしの声に彼女は動じず、

 「あなたなら、そう言うと思っていましたわ」

 ことり、とグラスを置く。

 「なぜ、こんなコトをしたの? 大工失踪もあなた?」

 怒りで震えるエリザの声に彼女は笑った。

 「ええ、そうよ。何故って、私は狂っているんですもの」
 「狂って……いる?」
 「そう。人間はね、ずっと昔とても辛いことがあると、多かれ少なかれ狂うの」

 彼女はぎりっと奥歯を噛んだ。
 穏やかな顔に怒りが走る。

 「あなたたちには解らないでしょうね。
  私がここまで来るのにどれほど辛かったか。
  私の受けた苦しみに比べれば、ここに転がっている人間の苦しみなんてとるに
足らないものだわ。
  私の苦しみを癒すために、こいつらは死んで当然なのよ。
  コロシテヤル
  コロシテヤル
  コロシテヤル
  コロシテヤル
  ミンナ ミンナ
  コロシテヤル 
  だからあなた達にもここで死んでもらいます。
  ―――――コロシテヤルっ」
 「いー加減にしろっ!」

 アンヌの長広舌を遮ったのはエリザだった。

 「何が当然よ! 死んで当然の命なら最初っから生まれてこないわよっ!
  そんなのあんたのエゴよ! 人間のクズ!
  あんたの受けた苦しみがどうだったかなんて、あたしにゃ知ったこっちゃない
けどねっ! 苦しんでいるのはあんただけじゃないのっ!
  それを偉そうに正当化してるんじゃないっ!
誰がアンタのために死んでやるかっ!」

 アンヌは不思議そうな顔をした。

 「そう? でもそれは違うわ。
  私は人間のクズなんかじゃあないわ。
  だって、もう、人間じゃないんだもの」

アンヌは言い、嗤った。

 「一つだけ聞かせて」
 「何?」

 あたしは疑問を口に出した。

 「今までのことが、全てあんたの仕組んだことなら、何故あたしたちをよんだの?
  あんたにとっちゃ、無意味じゃない」

 アンヌはゆっくりと言った。

 「あなたが強いってコトを知っていたから。
  だから……殺したかった
  ただそれだけなの」

 言うなりアンヌは走った。
 構えた右手が淡く光り、輝く爪になる!
 叩き下ろすような、あるいは突き上げるような、あるいは薙ぎ払うような攻撃
を打ち払うかかわすあたしたち。
 よし、あたしたちも攻撃開始!
 しゅらんっ、と剣を抜いて後ろから斬り掛かる!
 その一撃を左手の爪で受け止めるアンヌ。
 いつの間に左手まで!?
 一度あたしは退く。
 それにあわせてエリザもアンヌから離れる。
 適度な空間が開いた。

 「地魔岩石烈!(アースブロック)」
 「蒼光烈界!(ブラムライトエオン)」

 カイとレイ、二つの声が響く。
 アンヌの周りに、岩が降り、蒼光烈砲の強化版、蒼い光柱がアンヌを飲み込む。
 よっし、これならひとたまりも………
 あああああああああああああああああああああああああああああああああああ
 生きてるーっ!

 「今のは、さすがに効きましたわ……私も本気を出しましょう!」

 あいつ自身、デーモン化はしていると思ったのだが………
 かなり強力な魔族に憑依させたなっ。
 よくもまー、今まで人間の姿、保ってられたもんだ。
 下級魔族に憑依されただけで、レッサーデーモンになったりするのに………
 確かに今の術で顔色が悪くなって、体が多少、いびつに歪んでいるものの、致
命傷ではないようだ。
 やっぱ、みんなで本気出さなきゃ勝てそうもない相手だわ、こりゃ……

 「行くよっ!」

 叫ぶとアンヌは再び走る。
 右手の一撃を剣で受け止める。

 「くっ!」

 こいつ、すごい腕力!
 剣を落としそうなぐらい攻撃が重く、速い。
 いちいち受けてられる攻撃じゃない!

 「まだ行けますっ!」

 彼女が笑ったその瞬間、
 ぶわっ!
 破裂音にも似た音をたてて、彼女の足が、数十本の触手となる。
 何なんだーーーっ!
 執拗に足払いをかけて、絡み付こうとするそれをかわしながら爪を受けなければ
ならないなんて、ものすごい重労働。
 しかも、あたし、レイ、カイ、エリザが仕掛ける攻撃をことごとく背から生えた
十本の腕が弾き返しているのだ!
 完璧人間やめてる………
 ヘタな魔族よりずっと強いぞ………

 「わっ!」

 突然、足元がすくわれる。
 触手の一本が、あたしの右足に絡み付いたのだ!
 転んだあたしの前に爪が迫る!
 わーっ! ちょっと待てい!! 
 剣で受けられるかっ!?
 と、その時だった。
 壁の一部が吹っ飛ぶ!

 「何!?」

 アンヌの注意がそちらにそれる。
 もうもうたる埃の向こうにいたのは建設系大工、ダル、ビート、ガリウスだっ
た。(一体アンタらどこからわいて出た?)

 「姉御っ! 遅くなりやしたっ!」
 「ありがとっ! みんなっ!」

 エリザが笑って手を振る(そんな余裕どこから生まれて来るんだ?)
 アンヌが視線を戻す。しかし注意一秒ケガ一生! あたしの早口の力、見よ!

 「星屑の嵐!(スターダストサイクロン)」

 カイがすぐさま防御呪文を発動させる。
 輝く魔の星屑はアンヌに収束する。
 危険なので、あたしは触手を切って逃げた。
 魔力が内部爆発を起こし、アンヌは滅びる、はずだった。

 「ぐるおぅああぁぁぁぁぁぁっ!」

 空間を震わす悲鳴をあげながらも触手は動き続ける!
 どーやって倒せばいいんだ!!!?
 最強の黒魔法、星屑の嵐を受けて、まだ動き回れるとは………
 こいつ、デーモン化している以外に、ゴキブリかなんかの合成獣じゃないのか?
 あの生命力、恐るべし………
 この首飾りを使ってもいいのだが、あれは消耗激しいし、外したらまずい。
 後は白魔法の『星屑の嵐』ぐらいか………
 でもあたし、あれ使えないし………
 寄ってくる触手を剣で弾いたりよけたりしながら考える。
 しかし倒れないとはいっても、やはり効いているらしく、おどろおどろした形相
になっている。
 人間だったときはあんなに白かった肌が今ではどす黒く変色してるし、体のあ
ちこちから肉の塊が盛り上がってるし、髪の毛は鬼のよう……
 顔も獣になってる………
 鮮血で染めたタキシードが、怪物のような体に纏わり付いているところは
鬼気迫るものがある。
 吐きそ………

 「うやっ!」

 触手の一本があたしの剣を奪う!
 そこに、爪が迫る!
 わーっ! まだ死にたくないっ!
 後はケリを入れるぐらいしかできない。
 今から逃げても無駄だ。
 避けられないっ!
 一か八かケリを入れる覚悟を決めて、あたしは目を瞑った。
 ぎんっ!
 ………………………
 え?
 いくら待っても爪が来ないのであたしは恐る恐る眼を開けて、驚いた。
 レイがあたしの前に立って、爪を弾き返したのだった。
 あいもかわらず必死で格闘し続けるエリザとカイ。
 確かレイはあたしの反対側にいたはず………
 レイってどうやってあんな短時間でこっちにまわったんだ?……

 「あ、そっか……」

 レイは空間を渡ったのだ。
 となると制御装置が着いていてもそれぐらいの基礎能力は失われない、と……

 「姉御っ! この触手っ、切れませんぜっ!」

 ビートがノコギリを振るいつつ叫ぶ。

 「解決策がでるまでここで持久戦よっ! へこたれないでっ!」

 エリザの一言で大工三人に活気が戻る。
 ─────そうか─────
 あたしは、なぜエリザが若くしてあそこまでの実力があるか、が不思議だった
のだが……
 エリザ自身の才能もずば抜けているが、殊、仲間の能力を引き出すことに長け
ているのだ。
 それにより、工事も早く済ませられる………
 ぬああぁっ! こんなトコで解説してる場合じゃなかったんだ。
 今もレイが爪と戦っている。
 うーん……うーん……うーん
 そうだっ!

 「みんなっ! 時間稼ぎよっ! 地魔岩石烈か土精操(ディグダ)か何かでアイツを埋めて!
  呪文使えない人はガレキ投げてっ!」

 あたしはすぐさま呪文の詠唱に入る。
 と、突然レイがあたしの片手をわしづかみにして引っ張った!

 「!!?」

 突然、辺りの景色が変わる。
 ぼやけて、物がハッキリ見えない。
 ふうっ、と軽いめまいを感じる。
 ぐっ、と体の後ろが引っ張られるような感じがした直後、あたしはすとん、
と地面に足を着けた。
 あたしの立っている所からエリザたちの後ろ姿が見える。
 ???

 「空間を渡ったんだよ」

 レイがこちらを見ずに言う。
 あー、そーか。
 アンヌは、というとあたしたちの姿がこつぜんっ、と消えたので辺りを
見回している。
 アンヌがこちらを振り向いた瞬間、あたしたちは呪力を解放した。

 『地魔岩石烈!』

 あたしとカイの声がハモる。

 『土精操!』

 こちらはレイとエリザ。

 『ぐおぉぉぉぉおおぉっ!』

 大工三人組は、太い腕を活かして、ガレキをこれでもかっ、えいえいえいっ、
とばかりに投げつけている。
 ほどなくして、アンヌの姿はガレキに埋まり見えなくなる。
 コレを利用して臨時作戦会議、である。

 「─────というわけ。イイ?」    
   
あたしのひそひそっ、とした声に全員が大きく頷く。
 この間わずか三秒!
 しかしその三秒の間に彼女はガレキの山を崩し、四秒目に這い上がってきた。

 「こざかしいマネをっ!」

 吐き捨てるように呟き、触手を正面のエリザたちに向かわす。

 「聖光縛!(オールライトスナップ)」

 カイの声が朗々と響く。
 びくんっ、とアンヌの体が震え、動きが止まる。
 白魔法の力で相手を縛る術である。

 「貴様っ!? 何を!?」

 アンヌの声は全く無視。

 「蒼光烈矢!(ブラムライトアロー)」
 「風魔雷撃陣!(ジンブラス)」

 エリザ&カイの呪文連打が始まる。
 こっちは……後ちょっと!

 「おりゃああぁぁぁっ!」
 「ていていていっ!」
 「ちぇすとぉぉぉぉぉぉっ!」

 さらにガレキを投げる三人。

「鬱陶しいっ!」

 突然、アンヌの気が膨らみ、五人を吹き飛ばす!
 背から壁に叩きつけられる者、衝撃で三回転ほどする者。
 全員に共通することは、全く起きあがれないということだ。
 情けねーぞーっ! てめーらっ!
 間に合わない!
 まだ用意できてないのにっ!
 と――――――――
 ばうっ!
 首飾りが魔力を吹いた!
 完成!
 でも………
 ここからでは、いくら首飾りが強くても、触手に阻まれまくって本体に当たらない。
 みんなが術を連打してるときにカイに防御かけてもらってこっそり近づこうと
思ったのに……
 ぎぎいっ、とアンヌが振り向く。
 ちょっと待った! 聖光縛はどーしたっ!

 「貴様……いつの間に!!」

 触手がゆるりっ、とうねり、一斉にこちらへ伸びる!
 首飾りが生んだ魔力の刃は、触手をいとも簡単に切り裂く。 
    しかし、こちらの消耗は鬼のよう。
 このままじゃ、逃げも隠れもできないよっ!
 しかもまずいことに本体はあたしに近づかない。
 斬りかかれないし逃げられない。
 どーすりゃいーのよおおぉぉっ! 
 その時、

 「……聖…光縛!」

 苦しそうな声ながらもカイの呪文が発動した。

 「……くっ……」

 一瞬アンヌの動きが止まる。
 よしっ!
 あたしはくるっときびすを返し、レイの所へ走る。
 次の瞬間、触手が動き始める。
 レイはと言うと、少々疲れ気味の顔で触手をかわしている。

 「何かいい方法ないっ!?」

 レイは無言であたしの二の腕を掴み、引き寄せた。

 「あることはある」
 「よし、ならそれ行くわっ」
 「いいのか? 二つ返事でOKして?」
 「だいじょーぶっ! それより急いで!」

 今までの会話は触手をかわしつつ、ヒソヒソ声である。
 五人はというと、しっかりかっきり倒れている。

 「少々荒っぽくなる。しっかり掴まってろ!」

 ふっ、と辺りの景色がかわる。
 空間を渡り始めた。
 手に持った魔力の刃は、何故かあたしの魔力を使わずに輝いている。
 レイ!?
 どうやらレイが魔力の援助をしてくれているらしい。
 一瞬感じためまいと共に景色が戻った。
 地面がない……
 あたしはアンヌの真上に出現していたのだ!

 「滅びろっっ!!!!!!」

 あたしは刃を真下に向けて短い距離を下降する。
 ざびじゅっ!
 真上から、上向く間もなく貫かれる彼女。
 まあ当然と言えば当然だが、あたしはぐっちょんぐっちょんのけちょんけちょんな
アンヌの肉塊の中に着地した。
 慌ててそこから抜け出すあたし。

 「ふ……この私が、人間にやられるとはね………」

 あたしは魔力の刃を消し、彼女の前に立つ。

 「一つだけ―――聞かせて。
  何が哀しかったの?」

 あたしの言葉に、崩れ落ちるように倒れたアンヌは口元だけで笑った。

 「私はね、父親とその愛人の子どもなの。
  バカよね………正妻がいるのに村娘を愛人にするなんて………
  正妻と………父親の間にも、子どもがいて………私とそっくりだったのよ」

 彼女はそこで言葉を切る。
 あたしたちを今し方追い詰めていた手の爪は、白い土になりつつある。

 「父親は………母さんと、あたしを殺そうとしたの………
  酷いでしょ? 子どもまでつくらせておいて………
  母さんは……殺されたわ…………私の………目の前で………… 
  私は………九死に一生を得………正妻の子を殺した………
  そのまま正妻の子として育てられたわ………
  事故死に見せかけて……………父親と正妻を殺して……………………」

 もはや彼女の身体の半分は、脆い土となっている。

 「そうなったらもう…………殺さずにはいられない……………
  あたしの………血の中には…そんな気質が………混じって……いたの…かも
  少し強いヤツがいれば…………あなた達…のように騙して殺したのよ…………
  もう……つ…か……れちゃっ……た」

 最後に、彼女の顔が残った。
 白い、白いその顔は、子どものような無心な顔――――笑みすら浮かべている。

 「つら………くても…………楽し………かった…………   戦って…………いる…………と………き……母さん………が………見え………る」

 最後の土が崩れ去った。
 自らを、デーモン合成獣と化した領主、アンヌ=ルクス=グラングヤードは、
ついに白い土の塊となっていた。
 起きあがったカイがその土の前に座り込み小さな声でこう言った。

 「アンヌが次に生まれるときは、誰か彼女を救って下さい………」
 



 「なーんか、すっきりしないわねー」

 ややこしい事後処理など、全てを終わらせたらなんと、三日も経っていた。
 この街は相変わらず混乱している。
 とーぜんだ。領主が死んだんだから。

 「まさか彼女が犯人だったとはねー」

 相変わらず何も考えていない口調でエリザは呟いた。
 いいわね………お気楽で………

 「でも……ダル、ビート、ガリウス……あんたたちあんまり役に立ってなかっ
たわよねぇ………」

 エリザのジト眼アタックに三人は顔色を変えた。

 「そーいえば、最後も寝てただけだしー……」

 エリザはさらに言う。

 「ガレキ投げたりしたけど……根本的にはあまり役にたってないしー」

 もっと言い募る。

 「あ……いや……その……」

 何も言い返せない三人。
 あたしたちは素知らぬ振りをしているがこっそり笑っている。

 「まあ……その……そっ、そうだ! 気分直しにメシでも食いに行きやせんかっ!
 今回は姉御にも、ついでにあんたらにも世話になったし……」

 ををうっ!
 それでこそ大工よっっ!

 「わーいわーい!! 行こ行こっ!」

 エリザの声に急き立てられるようにしてあたしたちはメシ屋の入り口へと
入っていった。
 入り口をくぐる前にあたしは後ろを振り向いた。
 灰色の城が聳えている。
 あの中に、人間として生きている上では決して持ってはいけない性質を持った
不幸な女性の魂が眠っている。
 あたしの脳裏にはあの無心な微笑がまざまざと、甦ってきた。




                                            (第二話:完)
*あとがきへ*