「─────と言うワケよ。そうそう、あたしは『水彩野キラ』って名よ」
あたしはそれまでのいきさつを二人に話した。
『詳しくお話ししましょうか』と言ったのになぜあたしが話しているかという
と、あたしが勝負を仕掛けたからだそうだ。
理由になっているのか、はたまたなっていないのか。
あたしは召喚しても役に立たなかった一角獣を茂みから呼んだ。
「そうですか」
別に何の感慨もなさそうに金髪は頷いた。
「では、ぼくの方からお話ししましょう」
そこでいったん言葉を切った。
「まず、ぼくの名前ですがぼくは『妄湖カイ』といいます。
あ、彼は『神世レイ』っていうんですけど。
ぼくらは見ての通り、召喚獣レースの参加者です。で、ですね…………
つい先程のことですが、ぼくたちが鴉で飛んでいると小柄な黒い人影がぼく
たちの前を横切ったんです。猿かな、とも思いましたけど。
気にせずに飛んでいたら、いつの間にか後ろにまわったその人影が、いきな
りレイに斬り掛かってきたんです。
二の腕を切られたものの、ぼくたちは何とかその影を撃退し、とりあえず休
もう、ということでここにいたんです」
ふぅん………いちお、スジは通ってるわね。
(はいそーですかと信用するのもなんか恐いけど)
黒髪、レイの二の腕を見ると致命傷ではないにしろ、深い傷が見受けられた。
まだ新しい傷だ。
その傷に、金髪、カイ君が回復呪文をかけている。
「ともかく、俺に傷を負わせたんだ。捜して、何者なのか確かめる」
レイが鴉を一瞥してそう言った。
「その鴉は何なの? 青竜より強かったけど」
ふと、あたしは疑問を口にした。
一般常識から考えて、鴉が青竜より強いなんてコトはないはず。
「ただの『鴉』さ。操者の魔力容量の問題だ」
「あなたが操者?」
「ああ、召喚も俺だ」
とゆーことは、こいつ、ものすごい魔力容量の持ち主か!?
ふと見ればカイの回復呪文で傷がほぼ塞がっている。
カイの唱えている呪文は“癒し”(ヒール)という呪文で、そんなに技術の要
らない簡単な魔法である。
この呪文は四元素魔法で大地の治癒力を使うのだが、これの数段上の魔法に、
“再生”(ヒーリング)がある。
再生は水の力と大地の力を掛け合わせて使うもので、かなりの治癒力がある。
しかし、カイの使っている癒しは再生に負けないぐらいの力があるようだ。
うーむ。この二人、おそるべし。
「しかし、よくなついていますね。その一角獣。青竜を呼び出して、奥義まで
使えるんですから魔力容量はかなりだと思うんですけど、召喚獣がなつく、なつ
かないは魔力容量の問題じゃありませんからね」
へ? そーかなー……
「ありがと。でもあたしは召喚術士じゃないわよ。本業は黒魔法」
すっとカイは傷にかざしていた手を下ろした。
「黒魔法? 呪術ですか? それとも攻撃ですか?」
「もっちろん、攻撃よ」
胸を張ってあたしは答えた。
しばし、沈黙がその場を支配する。
「さてと、この後どうする?」
傷が全快したレイは上着を着てこっちを向いた。
「君のことです、仕返しする気でしょう?」
立ち上がりながら、カイは少し笑って言った。
「当たり前だ。お前はどうする?」
あ、聞いてくれたんだ………
って聞かれるのも何か恐いけど。
「疑いがあっただけで青竜呼び出したんだ、犯人が見つかったら八つ裂きだな」
う、皮肉屋っ。ぐっさり刺さる。
「も、もちろん行くわよっ! 安全にレースしてられないし、食欲はなくなる
し、グロいし、怖いし、いいことないわ。と、ゆーわけで一緒に行こっ!」
(いーんだろーか。こんな奴らと一緒に行って)
森の中とゆーやつはなかなか難儀なモンで、進むのに時間がかかる。
空を進むのは『黒い人影』に見つかるというので却下。
真犯人探しをしつつ、あたしたちはひたすらゴールを目指していた。
他に行くところがないからだ。
真犯人を捜しても見つからず、おびただしい死体に出会うのみ。
……そーいえばここ何日か生きた人間に会ってない………
死体の全てが『八つ裂き』になっている。
流れ出す大量の血が大地を朱に染めていた。
うぅ……血の匂いがとことん鼻をつくよぉ……
お陰であたしたちは普段通りにごはんが食べられず、よってスピードも落ちて
きた。
うっ、うっ、うっ、森の中が血だらけだよぉ………
「しかし、なんとかならないんですかねぇ……コレ……」
本日三十五体目の死体を埋葬しながら珍しくカイがグチった。
「なぁに言ってんのよ、神官でしょ……と言いたいけど、どーしよーもないね」
カイは現在十三歳。プラトゥー教の神官をやっている。
あの回復呪文は子供のうちから神官になれる実力あってのことである。
「まあ、ゴールするまでのコトですけどね………」
カイは土精操(ディグダ)を中断してそう言った。
土精操ってのは土の精霊に干渉して土を意のままに操る術である。
「しばらくトマトジュースが飲めないわね」
レイはさっきからなにも喋らない。
鳥がさえずっている。
こんな時でも、鳥はさえずることを忘れない。
あるイミではそれっていいことなのかもしれない。
人って何か大変なことがあると自分のやるべきコトを忘れてしまうことがある。
余談だがこの意見をとある人に聞かせたら、
『単に鳥が状況を理解してないだけじゃない?』
と言われてしまった。
でも、鳥も逃げなきゃいけないときはちゃんと逃げるんじゃない?
あたしはそう思う。
とりとめのないことを考えていられるうちってシアワセなのかなぁ……
「全部片づきました、ね?」
顔を上げると死体はきれいに片づいていた。
「では、先を急ぎましょう」
カイは『狼犬』(ウルフドッグ)を召喚してそれにまたがった。
あたしは待たせてあった一角獣に乗る。
と、木の上にいたレイが突然飛び降りて、あろうことかあたしの乗っている
一角獣に飛び乗ったのだ。
とーぜんものすごくびっくりした一角獣でしばしのロデオ。
「わっわっわっ、な、何すんのよっ」
「一角獣って二人乗りできるだろう。自分で召喚したくないから」
たしかに一角獣は二人乗りが可能なのでその事に関しては全く困らないのだが、
あたしはやっぱりびっくりする。
「そりゃそーだけどぉ……ロデオはヤなの」
ぶちぶちぶち
レイはそんなあたしを見ると、朱い唇を笑みの形に歪めた。
「男と乗るのはイヤか? お前自身男みたいだからいいと思っ……」
どかばきぼこっ!
レイはセリフを言い終わらないうちに落馬した。
カイはあたしたちを見て見ぬ振りをしていたが、横顔に浮かぶその笑いが全然
死んでいないことにあたしは気が付いてしまった。
しくしくしくっ。
ふと横を見れば、いつの間に復活したか、レイがふわふわと飛んでいた。
「それ、何の召喚獣です?」
レイの背には大きな翼が付いている。
見たとこ、植物っぽいけど……
「こいつは“浮遊植物”だ。召喚は簡単だが、いかんせん戦闘能力がゼロに近
いから、今じゃあ誰も使っていない」
へー。
知らなかった。後でメモっとこっ!
それをよそにがさがさとカイが地図を開く。
「この先に、川が流れてます……川越しなきゃあいけないみたいですね」
「川かぁ……」
あたしは小さく呟いた。
しばし、無言で進む三人。
さらさらさら
川のせせらぎが近くなってきた。
「ストップ」
レイがあたしたちにようやく聞こえるか聞こえないかという声で制止をかけた。
「誰かいる」
どーやらそこそこ使えるヤツだ。
その証拠に、レイが声をひそめている。
つまりはあまり見つかりたくない相手、というわけである。
「そこにいるんでしょう。出ていらっしゃい」
とーとつに若い女の声が聞こえた。
『誰かさん』だろう。しかし……
「なぜっ!?」
カイが驚愕の声をあげた。
あたしたちは完全に気配を消していた。
さらに話し声も川の所までは聞こえないはず。
なのに……なぜ!?
「あなたたちよ、分かってるんでしょ? 三人とも出ていらっしゃいよ」
やむなくあたしたちは呪文を唱えつつ、川の辺に出た。
「うっ……なに……コイツ………」
呪文を中断してあたしは呻いた。
川べりにはたしかに若い女がいた。
透けるように白い肌と、外見に不似合いな真っ白い髪を、そして真っ赤な血色
の眼を備えている氷のような美女である。服装は肌と同じく、純白の振り袖。
ルックス、外見にカケラほども問題のない姿に何故あたしが呻いたかというと
翼が付いていたのである。その背に天使の翼が四枚。
しかし、本来なら白いはずの天使の翼が真っ黒に染まっている。
「以外と早く来たわね……もう少し時間がかかるかと思ったのにね…………
ようこそ、あたしの名前は堕天使『夜叉姫』。
あなた達の力試しのためにここにいるの。あなたたちがあたしを倒せれば、
ここは通してあげるけど、倒せなければここがあなたたちのお墓。
さあ、いらっしゃい」
言葉が終わると、四枚の翼が左右に開く。
い、いらっしゃい……ってね………
「いったいどーゆーこと!?
あんたは誰に言われて力試しをしてるの? どんな目的で?
それが解らないことには戦えないわっ!」
勘違いしないで欲しい。
あたしは『人道主義』とか『騎士道精神』なんてゆーものでンなこと言ってる
ワケじゃない。
ただ、事情が解らないまま戦えば、技のキレが鈍るというものだ。
「ふふふっ! 今まで来た奴らより頭イイみたいね。
いいわ、教えてあげる。あたしは『闇の申し子』(ダークチルドレン)様の 配下よ。
目的は………あたしに勝てば解るんじゃないかしらね」
ほほぉう、どーしても戦いたいワケね。
ならやってやるわよ。
「それなら、もう一つ聞かせて。『闇の申し子』とかいうぶっそーな名前して
るけど、八つ裂き事件はそいつの仕業?」
すると夜叉は剃刀のような笑いを浮かべた。
「さぁ? どうかしらねぇ? ここに来たヤツはあたしが八つ裂きにしたけど」
ふーん。『闇の申し子』の仕業だな、あの反応は。
となれば……
おーーっし、やってやろーじゃないのっ!
あんなことしたヤツはしばき倒そうと決心してたんだから、こいつから!
「じゃんけんで戦う順番決めよーよ」
これ、あたし。
「面倒ですから、ぼく二番です」
んで、こっちがカイ。
「俺が一番手だ」
言わずとしれたレイ。
「行くぜ!」
レイの浮遊植物が羽ばたいた。
同時に夜叉が飛ぶ。
レイが右手を上げた。
人差し指にはまった朱い指輪がきらっ、と光を反射する。
あいつ、あんなモンつけてたんだ。
と、指輪の珠が朱く光り、続いてそこから光と同じ色の針が伸びた。
「なっ!?」
夜叉は驚きの声をあげつつも、迫る針から身をかわした。
すると、針が軌道を突然変える。
ぎゅりっ、と無理なカーブを描き、夜叉の後ろから迫る!
気配を感じてか、夜叉は紙一重でかわした。
「ふん、堕天使だけあるな………」
針を消して、宙に浮きながらレイは呟いた。
その背には、相変わらず浮遊植物がついている。
「では、あたしも行くわよ」
夜叉は右手に黒い『刃』を作り出した。
「はああぁぁぁっ!」
気合いと共に夜叉が斬り掛かる!
レイの指輪から針が伸び、夜叉の刃を弾いた!
弾かれた勢いを利用して、回転するような動きで刃はレイの方に滑る。
僅かに身をかがめてそれをやり過ごし、伸び上がるようにレイは手を伸ばした。
朱い針は夜叉の翼を一枚貫く!
とたんにバランスを崩す夜叉。
間合いを取って、様子を見るレイ。
「やはり、接近戦はダメね………となると、頭脳戦かしらね………」
夜叉は右手の黒い刃を消して、静かに対峙した。
レイに傷つけられた翼の動きがおぼつかないが、空を飛ぶには十分そうだ。
夜叉の両手が淡く光る。
「レイっ! 魔力弾よっ!」
白い光の球、魔力弾がレイに飛ぶ!
そのことごとくから身をかわし、呪文を唱えるレイ。
「えぇぃっ!」
夜叉が苛立ちの声をあげて、さらに魔力弾を放つ!
きゅむきゅむきゅむっ!
魔力弾からこれまた身をかわすレイ。しかし、呪文は、やり直し。
なぜかこの魔力弾はレイに至る前に弾けている。
つまり、目眩まし!?
しかし、それを見抜いていたようで、爆炎を裂いてレイが飛び出した!
その右手から伸びる針!
「かかったわねっ!」
夜叉の声は、爆炎の中から聞こえた。
しまったっ!
レイが振り向く、が、炎の塊が背後に迫っている!
ごぅうんっ!
炎の燃える音、燃え上がる炎が辺りの空気をちりつかせる。
「レイっ!?」
今の炎は、浮遊植物を焼くための物だろう。
空中での移動力を下げてから、トドメを刺す。
どーでもいいけど、あんまし頭脳戦じゃない………
炎に巻き込まれながらも、服が僅かに焦げたのみのレイが見えた。
よかったぁ………
しかし、あたしの目は浮遊植物が焼けて、なくなっているのを捕らえた!
どーしよーーっ!
ふと横を見ると、落ち着いたもんでカイが腕を組んで立っている。
一体なんなんだ、この自信は………
「ん?」
あたしは眉をひそめた。
レイが、落ちてこない?
とっさに風纏身(ウイング)でもかけたか?
いや、あの短時間でそれは無理。
夜叉はというと、黒い刃を構えている。
爆炎がおさまったその後。
レイは宙に浮いていた。
やはり風纏身か?
「あの一瞬で風纏身をかけるとはなかなかね………
でも、これであなたの戦闘能力はゼロに等しいわ。
なぜって、風纏身を操りながらあたしを倒す攻撃呪文を使うなんて、不可能だわ。
あの指輪も、あたしの翼を傷つけたんだから、何らかの魔力を使わなければ
できないはず。その状態ではねぇ………
さぁて、覚悟を決めて貰いましょう」
くそっ、悔しいけど夜叉の言うとおり。今のレイは小技しか使えない。
まがりなりにも『堕天使』なのだから小技では通用しない。
「レイっ! ともかく逃げてっ!」
しかし、レイは全く動かない。
何考えてんのよおぉぉぉぉぉぉぉっ! 勇気と無謀の区別もつかんのか己はっ!
夜叉の黒い翼がざわめき、今までとは比べ物にならないスピードで動いた。
黒い刃は、真っ直ぐにレイを貫き………
いや違う。
黒い刃は、今し方レイのいた空間を正確に貫いていた。
つまり今は、レイのいない虚空を貫いていたのだ。
「ばっ、ばかなっ!?」
夜叉が辺りを見回す。
つられてあたしも見回す。
悠然と構えているカイ。
「何処を狙っている?」
冷ややかな声は、突然真上から降り注いだ。
空を仰ぐと、レイがいた。
ポケットに手を突っ込んで、バカにしたように夜叉を眺めている。
「ばかなっ! お前、なぜ、空間を渡れるっ!?」
そう、あの距離を、一瞬で動くとしたら空間を渡るしか方法はないのだ。
空間を渡る、というのはある程度以上の実力を持った、神族か、魔族しか使え
ない技術である。
よって、下級魔族や下級天使はこの技を使えないのである。
つまり、レイはある程度以上の魔族か、神族!?
もしそうだとしたら、空を飛ぶために術など必要ない。
純精神生命、つまり実体のない、思考だけの存在である魔族や神族は、左右上
下移動は全く自由なのだ。
「天使は、所詮天使だ。
俺たちには勝てない」
はっきりとレイは言うと、夜叉に向かって急降下した。
ぴたっ、と夜叉の正面で止まる。
「くそっ!」
吐き捨てるよう言うと、夜叉は黒い刃を振りかぶった。
0.5秒に一回の割合で振り下ろされる、速い技をレイは造作もなくかわし、
その分だけ夜叉は焦っていった。
何十回目かに振り下ろされた刃をレイは片手で受け止めた。
夜叉は黒い刃を引き抜こうとするが、全く動かない。
レイは真っ赤な唇を笑みの形に歪めながら、
「どうせだから『闇の申し子』にサヨナラでも言っておいたらどうだ?
もう二度と、会えないからね」
そして、開いている方の手に、レイは魔力を溜める。
「と言っても、もう無理だろうな」
無駄と覚った夜叉は逃げようと翼を広げた。
その胸元にレイは手をかざす。
こおっ
叫ぶ間もなく、夜叉はレイの放った魔力に吹き散らされた。
かろうじて残った黒い羽根は、落ちて行くにつれて、その色を失い、最後は空
気に溶けていった。
その景色を、悪魔的な笑みを浮かべてレイは眺めていた。
*第三章へ*