「まったく、つじつまの合わないところがたくさんあるわっ」
あたしたちは、夜叉をレイが倒してから、川の辺に座っている。
あたしは一人、文句を並べていた。
「ま、ぼくたちがウソついてたんですから………どうぞ、何か解らないことで
もあったら、遠慮なく」
カイは手近な石に座っている。
「んじゃあ、聞かせてもらうけど………
レイって本当に魔族なの?」
いや……疑う余地はないんだけど…………
するとレイが無表情のままで言った。
「ああ、そうだ。純魔族で、レッサーデーモンや、ブラスデーモンみたいな亜
魔族じゃない」
ものすごくエラソーな口振りで言う。
ちなみに亜魔族というのは、この世界に存在している物、つまり動物などに下
級魔族が憑依してできあがった物だ。純魔族とは違い、切れば血が出る。
血、といえば……
「レイが純魔族なら、あの湖の血は誰のだったの?」
すると今度はカイが答えた。
「あれはレイが悪のりしただけなんです。
確かにレイはキズを負いましたけど、純魔族なんですから当然、血は出ません。
少しふざけていただけなんですけどね………」
ほほぉぅ……そーゆーシュミだったわけね……
要するに彼、ニセモノの血糊かなんかをぶちまけていたのだ。
「じゃあ、あなたは人間なの?」
あたしはカイに問いかけた。
「ええ、人間ですよ」
ま、二人とも魔族だったら、それはそれで面白いだろうけど。
うーん………なんかすごいメンバーね………
「それはそうと………」
あたしは口を開きかけ………
「キラっ! カイっ! 後ろだっ!」
レイの声であたしは反射的に後ろを振り向く。
「なっ………!」
「ふ………っ」
あたしの後ろには凄惨な笑みを浮かべた夜叉がいた。
さっきのレイの攻撃のせいか、瀕死状態のようだが辛うじて立っている。
そして、両の手に灯る黒い光。
「ちっ」
レイは魔力弾を放つ。
しかし、それは黒い光に吸い込まれるように消えた。
と、突然、目の前が真っ暗になった。
「何よコレっ!」
すぐに視力は戻ったが、あたしは自分の置かれている状況を知って、あやうく
爆死するところだった。
あたしは黒い、半透明な球体の中に閉じ込められていた。
さっき、夜叉の手に灯っていた黒い光だろう。
カイも同じく。
恐らく、後ろにいるであろう夜叉を睨んでいるレイがいる。
ともかく、こんなところからは早く脱出するに限る。
なぜか身体が動かないのだが、術は使えるはず。
「蒼光烈砲!(ブラムライトキャノン)」
あたしが放った蒼い光は、黒い壁に迫り…………
ぱうっ
やたらとカルい音をたてて、あっさり消え去った。
ンなアホなっ!?
まがりなりにもレッサーデーモンあたりなら、一発で倒せるよーな術である。
堕天使の名はダテじゃあないか………
って、んなこと言ってる場合じゃない!
と、球体が動く。
「なっ、なんなのよっ!?」
不満の声をあげるあたしを無視して球体は空へ昇る。
十分な高度を取ったと思われる、やいなや。
地上にレイを残し、あたしとカイは真反対の方向へ飛ばされていた。
と思う。自信ないけど。
だぐっ!
「かはっ!」
同時に背中から壁に叩きつけられたようなショックであたしは気を失っていた。
どれほど気を失っていただろうか。
木々のざわめきと、それに被さるような鳥の声にあたしは目を開けた。
目の前に緑色のコケが見える。
ゆっくりと、身を起こしてみる。
「痛っ……」
身体を痛みが走るが命に別状はないようだ。
あれ?
レイ、とカイ………
あーーーーーーっ! そーだった!
あたし、どっかに飛ばされたんだっ!
どーしよーかなー………
などと、ゆーちょーに考えていたわけではないが、ともかく自分がどこにいる
か、ぐらいは把握しておかなければ。
「風纏身!」
あたしの周りに風が………
あれ?
「風纏身!
風纏身ったら!
風纏身なんだよーーっ!」
呼べど叫べど、呪文が発動する気配すらない。
身体が震えているのが自分でも分かる。
うそ……じゃない……わけない………
「あたし………魔法が使えないわああぁぁぁぁぁぁっ!」
あたしの絶叫が森林にこだました。
その後、実験に実験を重ねた結果、次のようなことが分かった。
・魔法自体が使えないのではなく、魔力がとことん落ちている。
証拠に、明かりぐらいならなんとか使える。
・一角獣すら召喚できない。
ま、そりゃそーだ。風纏身と同じぐらい魔力を使うわけだから。
・もちろんたいていの攻撃呪文、及び召喚獣は使えない。
分かったのはいいんだが、これからどーするかのメドが全然たたない。
この状態では、空すら飛べないのだ。
空を飛べれば、この辺りの地形を把握、理解でき、地図と照らし合わせ、現在
地が確認でき、さらにカイの飛ばされた辺りにも見当が付けられるのだ。
くっそ、どーせいとゆーのだ。
後は、レイあたりが空間を渡って来てくれることを願うしかないのだが、あた
しの魔力は落ちまくっているので、レイが感じ取れるかどうか………
ともかく、状況は悪いのだ。
さいわい、リュックなんかは無事なんだけど。
荷物に入っている魔法の品なんかで、役に立ちそうなのはないし。
空さえ………かぁ…………
「ををっ! そーだっ!」
あたしは思わず声をあげてしまった。
そーだ、飛べるかもしれない。
リュックの中からメモ帳を取り出す。
『浮遊植物』の召喚呪文をメモってあった。
はっはっはっ、日頃の行いがイイとこーゆーときに役に立つのだっ!
これならたぶん、ものすごく少ない魔力容量でも召喚できるはずだから……
ごく短い詠唱を終え………
「浮遊植物!」
あたしは呪力を解放した。
目の前の地面から、大きな翼の形をした植物が生えた。
うぉっしゃーーっ! 成功したぜっ!
ソレをリュックを背負う容量で肩に掛ける。
後は、風纏身みたいなものだろう。
浮遊植物は思考通りに動く。
まずは垂直上昇。
………………………………
ここが『森林』だとゆーことは分かった。
たぶん、アウルス大陸の、あたしたちがレースをしていた森林だろうというこ
とも見当がつく。
それじゃあ一体どこなんだ?
見渡す限りずーーーーっと森で、目印も何にもあったもんじゃない。
すとん、と地面に降りてあたしは考えた。
まず、あたしたちは北から出発して、南端がゴールなのよね。
で、いっつも南に向かっていたわけで………
飛ばされたとき、一瞬、川が真横に走っているのが見えたから………
…………………………
どーやらあたし、元来た方に戻されたらしい。
カイはあたしと真反対に行ったから、南の方だろう。
ああ、戻されたなんて………何日ムダになっただろう。
その間の食料は、どれだけムダになっただろう………
しかし、物は考えようである。
あたしの使ったコースが見つかれば、あの川に行けるのだ。
レイがじっとしていれば、見つけられる可能性が高い。
となれば、目印探しだっ!
あたしの使ったコースはいろいろあってあちこち吹き飛んでいたり、木がなく
なっていたり、クレーターが出来ていたりする。
まずはそれを捜すっきゃない。
あたしはリュックをごそごそし、ビー玉サイズの水晶球を取り出す。
手のひらに乗せ、しばらく待つとそれはくるくる回り始める。
ぴたっ、と止まったところで中を覗き込む。
「よし、あっちが北ね」
水晶球の指し示す方向に飛び続けるあたし。
しばらくは何のへんてつもない森林が続いていたのだが─────
「おっ! らっきぃJ」
いろいろあって、あたしが開けたクレーターを発見したのだ。
水晶球を覗き、またまた北に飛ぶ。
程なくして、森林の一部が吹っ飛んでいる所に出会う。
うぅむ……日頃の行いがこーゆーとこでも物を言うのか……
尚も北に飛び続けていると……
「おらぁっ! 待ちやがれ!」
声と共にぎゅんっ、と空中に出てきたのはガラの悪そーなにいちゃん。
ただしあんまり強そうじゃない。
鴉に乗っているところからして、召喚獣レースの参加者だろう。
普段のあたしなら呪文一発、はいおしまい、なのだが………
今のあたしじゃ、召喚獣を呼び出せない。
かといって、浮遊植物は戦闘能力ゼロに等しいし……
「悪りぃが賞品は俺が貰うんでな。おめーにゃリタイヤしてもらうぜ」
じょーだんじゃないわよっ!
こぉんな弱っちーヤツにやられてたまるかっ!
とは言ったものの……事実勝てないかも……
「小娘一人に手間ぁかけられねーよっ!」
ぷっちぃいいいいいいん
「誰ぇが小ぉ娘でぇすってぇ!?」
言うなり、腰の剣を引き抜いて斬り掛かる!
かちんっ
鴉のくちばしと剣がぶつかりあって火花が飛ぶ。
剣を斜めに傾け、くちばしが流れたところを狙い……
「がっ!」
鴉の顔に峰打ち一発!
退く鴉。
「ちっ、小娘にしちゃやるな……だがぁ! こいつで終わりだっ!」
きしゃおおおっ!
にーちゃんが呼び出したのは、目を合わせるだけでこちらが石化する召喚獣、
鶏冠蜥蜴(バシリスク)だった。
だあぁぁぁっ! 違反じゃないけどそれはズルいぞっ!
石化しちゃったりしたらどー責任とるんだ己は!
あわてて目をそらすあたし。
しかし、このままじゃ……
無駄だろーけど……やってみるぞ! 『八首蛇』召喚!
呪文の詠唱が……終わった!
「いくぜ小娘っ!」
同時ににーちゃんが飛ぶ!
「八首蛇、召喚!」
ざわり
八首蛇は具現しなかった。
やっぱりか……
あたしはかかってきたにーちゃんを迎え撃つべく、剣を構えた。
が、にーちゃんは空中で止まっている。
ざわり
どーしたんだろ?
驚愕の表情を浮かべ、あたしの後ろに視線を注いでいるようだ。
ざわり
んもう、さっきからなんなんだ! この音は!
あたしは振り返り……
「なっ……」
浮遊植物から、蔓が伸びていた。
それらは、うねり、ざわめき。そう、八本の蔓は『八首蛇』とも見える。
しゃああっ!
蛇の唸りをあげて、蔓は鴉に襲いかかった。
何がどうなったのかはよく見ていなかったのだが。
にーちゃんと鴉は落ちた。(生きてる)
「んー。こいつって便利J」
あたしはひたすら北に向かいながら一人、呟いた。
おもわず浮遊植物に頬ずりなどしてしまう。
どうやら浮遊植物は、召喚した召喚獣の能力を吸収できるらしい。
だから、浮遊植物を召喚する魔力で四聖獣も呼べてしまう。
レイ君ったら、戦闘能力ゼロ、だなんてね。
もー、やぁねぇ。
………………………………
ふふっ……うふ……ふふふふっ……
自然とこぼれてくる笑み。
おっしゃあああっ! これでしばらくはばっちりだわ!
ちなみに、あの川はもう通り過ぎた。
レイはいなかったし、夜叉もいなかった。
ゴールで会えるはずだけどね。
ついでに、『闇の申し子』さんとやらにもご対面できるわけだ。
腕が鳴るわ〜!
と……
『どばぼごーん!』
「うわきゃっ!」
突然下から吹いた爆風にあたしは軽く吹き飛ばされた。
もうもうたる砂煙を透かしてみると、地面に穿たれた、そう小さくもない穴。
誰かが術で吹き飛ばしたらしい。
『ばごどごーーん!』
第二撃。
『どごばごどごーん!』
いーかげんにしろや……誰だか知らないけど。
と、
あたしがそう思うと、それっきり何も起こらず、砂煙が徐々に収まっていく。
行ってみようか?
ううむ……
おしっ、疑問があったら即確認!
あたしは浮遊植物を操りつつ、ゆっくりと降下する。
目を凝らしてみると、穴の中に佇む人影。
あいつかな? 穴を開けたのは。
近づくに連れてあたしはそいつが誰だか分かった。
「カイっ!?」
その金髪は、紛れもないカイのものだった。
「キラ、ですか。ぼくの思惑通りですね」
カイは笑みを浮かべる。
「やぁ〜。こんなに早く会えるなんて思わなかったわ。うんうん。
でもあんた、術使えるようになったの? あたしは未だに使えないのに……」
すると穴から這い出してきたカイは、荷物の中から一冊の本を取りだした。
「女神黙示録!?」
その本を見て、あたしは思わず声をあげた。
「そうです。これによって神の奇跡『ルナー』を起こすことが出来るんです。
あまり使いたくありませんけどね………場合が場合ですから」
女神黙示録、とはプラトゥー教の聖書のようなものである。
かなり高位の神官、巫女などにしか所持を許されないシロモノで、カイが言っ
たとおりある程度以上の力を持った者なら、それを読み上げ、決まった韻を結ぶ
だけで、神の奇跡『ルナー』を起こせるのだ。
このルナーには魔力はいっさい不要。巫女、神官の潜在能力によって威力が大
きく違うのだ。
細かいことはあんまり知らないけど。
「へぇ……ってことはどーにかしてレイと合流しなきゃね」
「そうですね」
あたしはカイに浮遊植物の召喚呪文を教え、ひたすらゴールへと向かった。
「邪悪な気が強くなっている……」
カイがぽつりと呟いた。
空には、鉛色の雲が低く垂れ込めている。
時間的にも、距離的にも、そろそろゴールである。
当然『闇の申し子』も近くなっているわけで、多少空気が悪くなってもいたしかたない。
相変わらずあたしたちの魔力は復活せず、レイには会えない。
浮遊植物があるからいいけどね。
ゴール地点はアウルス大陸最大の湖、『セイロン湖』の畔である。
かなり遠くからでも見えるその湖はあたしたちの目前に迫っていた。
「ねぇカイ。もしも、闇の申し子さんがあたしたちを待っているとしたら、御
丁寧にゴールで待ってるかな?
まさかそんな事はないわよねぇ。だってドンパチ殺るのに人間がいぃっぱい
待ってるところで戦えないから。
つーわけで、そこそこ広い空き地みたいなところよっ!」
あたしのキレかかった声にカイは一筋の汗を流しつつ、
「ええ、分かりました」
と素直な返事。
キレかかっているのは、天気のせいだ。
最終決戦(?)も近そーだというのに、この天気。
だあっ! うっとーしい!
あたしたちは空中で止まり、辺りを見回す。
と、不吉な予感。
何の前触れもなく。
あたしのすぐわきを掠めて飛んで行く魔力弾!
「カイっ! 飛んできた方よっ!」
「分かってますっ!」
魔力弾が飛んできた方を見ると、丘の上にできた空き地のようなものが見える。
遠くてよく分からないが、人影があるような気もする。
こくん
あたしは飛びながら、小さく息を呑んだ。
いよいよご対面、である可能性が高いのだ。
横を飛ぶカイの顔は厳しく、そして僅かに不安の色が浮かんでいる。
ぎゅんっ
また、魔力弾。
何とかかわしたが、こんな事が続いていたら身が保たない。
ばぢゅっ
「なっ!」
嫌な音と、カイのあげた声に横を見れば、魔力弾がカイの浮遊植物を掠ったら
しい。
いや、掠っただけだから大丈夫………
じゃないっ!?
浮遊植物の傷口が見る見るうちに黒く変色し、まるで腐ったかのように崩れ落
ちて行く。
「しまっ……!」
カイが呪文を唱えるヒマもなく、浮遊植物は完全に腐って、落ちていった。
とーぜん、カイの身体も落ちる。
あほっ!
「カイっ!」
方向転換して、カイを追いかける。
わしっ、とカイの手を掴み、何とか浮かび上がる。
「ありがとうございます。あの技、かなりぶっそうですね。気を付けて」
「分かってるわよ。あたしがあんたを連れて飛ぶ。だからあんたは『ルナー』
で、魔力弾を弾いてくれない?」
あたしの言葉にカイは少し眉を寄せた、が、
「まぁ、いいでしょう」
と笑った。
「おし。じゃ、いくわよ!」
浮遊植物があたしの意志に従って飛ぶ速度を速める。
丘が、近くなってゆく。
「奈落の底よりいでしは悪しき力
その力が汝らを襲うとき 汝らは滅びるだろう
女神は滅び行く汝らに救いを与えられた
朽ちたるカケラを拾い集め 女神は壁を創り出した
いでよ 神の力 『神聖壁』」
カイの言葉が終わった瞬間、あたしたちの周りに薄く輝く光の壁ができた。
ばうっ! ぽうっ!
次々と飛んでくる魔力弾は、その壁に触れるとあっさり消滅する。
うーむ、便利なヤツ。
この調子でお願いしちゃおう。
次々と魔力弾を蹴散らし、丘の上にある人影もはっきりと見とれるようになった。
「キラ……あれって……」
カイの声に目を凝らしてみる。
「あれ……って……」
おそらくは、カイもあたしと同じ疑問を持ったのだろう。
丘の上の三つの人影。
そのひとつはあたしたちの見知ったものだった。
「レイ─────!?」
あたしはその名を口にしていた。
*第四章へ*