しゅいいいん……すたっ
 あたしとカイは地面に足を着けた。
 警戒の体勢をとりながら。

 「一体どうしたんだ? 随分と遅かったな」

 レイはあっさりと、しかも退屈そうにそう言った。

 「え……? そ、それよりも……」

 カイの声に、レイはちらっと横の人に目を走らせた。
 レイの横にいた人物。二人。
 いや、『人』ではないのだが。少なくても片方は。
 一人は堕天使『夜叉』姫だった。

 「おひさしぶりね。水彩野キラ」

 夜叉の唇が笑みの形に歪んだ。

 「レイ……こいつって……」

 あたしの言葉にレイは気怠そうに、

 「ああ、この前逃がして……」

 とだけ言った。
 夜叉の隣にいる者─────
 外見は人間の子供だった。
 漆黒の艶やかな髪の毛が肩の辺りまで垂れ下がり、透き通るように白い肌に大
きな緑色の目。
 綺麗な子供の姿である。
 それがなぜ『外見は』かというと、答は簡単。
 おそらくは、そいつこそ『闇の申し子』なのだ。
 レイが悠然と構えているところからして、今のところは大丈夫そうだが夜叉に
この子供である。警戒するに越したことはない。
 するとそれはこっちを向いて微笑んだ。

 「やあ。君とは初対面だったよね? 水彩野キラ。
  そんなに警戒しなくていいよ。今のところは僕、君たちに何かするつもりは
 ないから……
  どっちにしても死んで貰うけどね……
  僕は『闇の申し子』。君の想像通りさ。
  君は随分と僕のしたことに対して怒っていたみたいだね。
  夜叉もぼこぼこにしちゃったみたいだし……」
 その人なつっこい声、もとい馴れ馴れしい口調には明らかに余裕が含まれていた。
 夜叉は少しムッとした顔をするが、反論しない。

 「そーね。あんなコトすれば誰だって怒るわよ、フツー。
  んで、どーして御丁寧にレイと待っていてくれたの?」

 あたしのイヤミに『闇の申し子』は苦笑した。

 「そんなに怒らないでよ……
  だってつまらないだろ? 勝手に闘っていたら。
  殺しあいをするんならフルメンバーでやらなきゃね。
  結果は分かっているけどさ」

 ほぉう……フルメンバー、と……

 「ということはいずれにせよ、ぼくたちは闘わなければいけないんですね?」

 カイの確認に『闇の申し子』は満面の笑みをたたえた。

 「そう! その通りさ。
  戦い方は一対一の勝負。
  もちろん君たちが勝つには僕たちを殺さなきゃいけないし、ぼくたちは君た
 ちを殺すつもりでいるから、相手が死ぬまで、ってことになるね。
  でもいくら人間と下級魔族対ぼくらとはいえ三対二ってのは気に入らないんだ。
  だから僕たちは助っ人を用意する。
  これでいい?」

 『闇の申し子』の言葉が終わったその瞬間、空に穴が開き、そこから一匹の悪魔が現れた。
 フォルムは人間。しかし、その身体は漆黒で、顔には目も口も鼻もなく、背に悪魔の翼が生えている。
 何よりも異様なのがその頭から生える長い金髪。
 が、しかし、あたしはその悪魔より横でキレかかっているレイの方が怖かった。
 さっきの『下級魔族』というのがカチンときたのだろう。

 「紹介するよ。こいつはファン・ルー。
  高位魔族ルシファーさんとかよりは弱いけど、それでも君たち人間族にはこれで十分……。
  じゃあ、始めようか。
  僕たちの一番手は夜叉。
  君たちは?」

 あたしが声を出すその前に、レイが立ち上がった。

 「一度は逃した獲物だ。
  俺が殺る」

 瞳の中に美しくもアブない光を湛え、レイはそう言った。
 うーん……迫力ねぇ………

 「ふぅん、あの時のように上手くいくかしらねぇ……」

 夜叉が嗤う。
 ……こいつもなぁんも分かってないでやんの。
 この前ぼこぼこにされたのを忘れたんだろーか?

 「この前は、いろいろあって力をセーブしてたんだけど、今日はフルパワーよ。
  あなたには負けないわ」

 その言葉をレイは聞き流した。

 「じゃあ……初めてよ!」

 『闇の申し子』の一言が、戦闘開始の合図だった。




 「さぁて……行くわよ!」

 夜叉が跳んだ!
 黒い四枚の翼が左右に開く。

 「今度こそ、あなたなんかに負けな……」
  
 きゅどぉぉぉぉっ!!
 夜叉の言葉を遮ったのは、レイの魔力砲だった。
 それは、驚愕の表情を浮かべた夜叉の身体を飲み込み、吹き散らした。
 黒い羽根すら残らない。
 魔力の光が消えたその後には、僅かな黒い霞が残るのみ。

 「……へぇ、やるじゃん」

 『闇の申し子』が面白そうに呟いた。
 レイのヤツ、夜叉の口上も終わらないうちに吹き飛ばしたよ……
 ケタ外れの能力だよな……ホントに。

 「にしても、あっさり決めましたね」

 カイが半ば呆れながら言った。

 「俺を『下級魔族』呼ばわりしてくれた礼だ。受け取れ」

 僅かに薄笑いを浮かべて、レイは言い放った。

 「ありがたく頂戴するよ。さて……」

 『闇の申し子』はレイのイヤミを軽く受け流し、言葉を切った。
 なかなかできるわね……

 「ファン・ルーと、どちらが殺る?
  水彩野キラ、君でもいいよ。
  でも、僕としては強い方と戦りたいな……
  君たちの実力ってのは、まだよく解っていないけど」

 あたしは黒い魔族、ファン・ルーに目をやった。
 相変わらず、一言も口にしない。

 「なら、ぼくが出ましょう」

 カイが一歩進んだ。

 「え? でも……」

 あたしの声に、

 「夜叉が倒れたんですから、ぼくもあなたも術は使えるんですよ。
  単純に魔力容量だけいってもあなたの方が多いでしょうし、使える術のレパ
 ートリーからいっても、あなたの方が優っているでしょう。
  それに……ぼくには『ルナー』がありますから……」

 とカイは答えた。
 うーーん……大丈夫だとは思うけど……
 ……いいや、いっちゃえいっちゃえ

 「いいわ、あなたに任せる。その代わり、勝ちなさいよ」

 するとカイは皮肉気に笑った。

 「その台詞、あなたにそっくりお返ししますよ」

 カイが歩みを進める。

 「君は確か、プラトゥー教の神官だったね。
  でも今は辞めているんだよね………
  神サマは君に協力してくれるかな? 君に………」

 『闇の申し子』は、手近な石に座り込み、面白そうに見物している。

 「じゃあ、ファン・ルー、殺っちゃっていいよ」

 その言葉で、黒い魔族が消えた。

 「あいつっ!?」

 あたしは思わず声をあげた。
 空間移動。
 前にも説明したが、空間移動とは、ある程度以上の実力を持った神族あるいは
魔族しか使えない技である。
 あいつ、見た目はヘンだけどかなり高位の魔族か!

 「後ろだ!」

 レイの声で、反射的にカイが前へ跳ぶ。

 「ぼクからは逃げらレないよ」

 黒い魔族が初めて喋った。
 一体どこから声を出しているのか疑問だが。
 イントネーションも少々おかしいし………

 「はあっ!」

 カイが金属板を投げた!
 緩いカーブを描きながらそれは飛び─────

 「アマいね」

 ファン・ルーの一言で、地面に落ちた。

 「ちいいっ!」

 カイは女神黙示録を開いた。
 おいおい、いきなり奥の手かいっ!?

 「暁よりもなお明るき者
  我らを護りし真の神
  今のその力を持ちて
  邪悪なる者を滅ぼさん!
  神聖技『破邪六連聖』!!」

 カイの早口が終わった。
 しかし考えて見れば、ルナーのための詠唱も一応は祝詞。
 お祈りをあんな早口で言っていーんだろーか………?

 「………るナーか」

 ファン・ルーが何もない顔を空に向け、無造作に言った。
 しゅいいいいい……ん
 ファン・ルーの周りに、光が六つ灯った。
 それは互いの間を光の筋で繋ぎ、六紡星の形を創り出す。
 ぎゅぅわぁんっ!
 物のきしむような音をたて、六紡星から光の柱が立ち上がる。

 「やった!?」

 カイは疑惑の声をあげた。
 だがしかし、彼も気付いていたはずだ。
 聖なる光の中に佇む、闇の気に。
 ぱきぃぃんっ!
 光が弾け散った。
 ファン・ルーの金髪がふぁさっ、と肩に掛かる。

 「結構面白イ技だね」

 ファン・ルーは事もなげにそう言った。

 「下キュウ魔族なら滅びチゃう。デも、ぼくには効かないヨ」

 台詞が終わった刹那、

 「なっ!」

 カイは驚愕の声をあげて後ろに下がった。
 ぱさっ、と。その服の胸元が小さく裂ける。

 「カイっ! 大丈夫っ!?」

 あたしの声にカイは僅かに微笑んだ。
 どうやら大丈夫そうだ。
 しかし─────
 冗談じゃない。
ファン・ルーは全く動かなかった。
 つまり、精神世界からの攻撃である。
 簡単に言うと魔法を詠唱無しで、相手に気付かれないように撃つようなものだ。
 と、簡単に言ってしまったが、そんな生やさしいモノではない。
 高位の魔族、又は神族のみが使いうる技だ。
 ハッキリ言って、これを持ち出されてはあたしたち人間族に勝ち目はない。
 夜叉をカイにするべきだったか………作戦ミスね………
 そーすれば多少苦労するだろうけど、ここまでマズくはならなかった……

 「精神世界からの攻撃ですか………面白いことをしますね。
  でも、ぼくは負けませんよ」

 笑みすら浮かべ、カイが言った。
 くぉらっ! そーゆー状況じゃないだろーがっ!

 「負ケない?」

 黒い魔族は嘲りを含んだ声で応えた。

 「君の負けハ確実だよ。だっテぼくは今すグにでも君をコなゴナにでキるんだ。
  嘘じャない。本当のこトさ。
  それでモなお、君は『負ケない』と言い切れルの?」
 「言い切れますよ」

 カイはいつもと変わらぬ口調で言った。
 左手で、女神黙示録を弄っている。

 「じゃアやってミてよ。できルなら」

 ファン・ルーは苛立ちともとれるようなこえで呟く。

 「では、お言葉に甘えて」

 カイは言うと女神黙示録を閉じた。
 何を?
 両手で胸の前に印を作り、目を閉じる。

 「その昔、光の女神の戒めの
  鍵を守りし五人の天使
  一人は堅き大地、地の聖小人(アース)
  一人は優しき水、水の聖女(ウンディーネ)
      一人は燃ゆる火、火の聖王(イフリート)
一人は涼しき風、風の聖使(ジン)
  最後の一人は女神の寵愛を受けし者
  大天使ミカエル
  我はその全てを
  共に闇を消そう
  我が身体を器とし、我が前に立ち塞がりし闇を消し賜え
  ――――――『女神降臨』」

 カイの唇が言葉を紡ぎ終わった。
 ――――静寂―――――
 一瞬、辺りに違和感が張り付く。

 「何?」

 辺りを見回す。しかし、これと言って何か起こる様子もない。
 すると『闇の申し子』が空を仰ぎ、苦痛と怒りの表情に顔を歪ませた。
 レイが両手を上げ、自分の周りに薄い魔力の壁を作った。
 ファン・ルーもまた、空を仰ぐ。

 「か、カイ?」

 カイの手で結んだ印が光を放っていた。
 その光の帯は真っ直ぐに、空に垂れ込める雲を指した。

 「いけない! ファン・ルー! 早くそいつを!」

 『闇の申し子』が焦った調子で叫んだ。
 ファン・ルーが跳ぶ!
 カイは全く動かない。
 がごっ!
 突っ込んだファン・ルーは、カイの周りの何かに弾き飛ばされた。
 カイの手から発せられる光の帯は、ゆっくりと雲に穴を開け始めた。

 「『闇の申し子』サマ! ガードしマす!」

 ファン・ルーはカイを倒すことを諦めたか、『闇の申し子』の側に跳んだ。

 「早く! 障壁を!」

 『闇の申し子』の言葉に応えて、ファン・ルーはレイと同じような障壁を張っ
た。
 あたしもまた、防御結界の詠唱をしている。
 雲の穴から、何かが覗いた。
 巨大な………顔………
 それは─────あたしたちが『神』と呼んでいる者─────
 慈愛に満ちた女性の顔をした『神』は雲を押し分け、微笑んで、輝く右手を
ファン・ルーに伸ばした。

 『闇よ……光に………』

 そんな声が響いた。
 『神』の人差し指が僅かに黒い魔族に触れる。
 と―――――――
 こおっ!
 神の右手が光を放った。




 「う……」

 一瞬、気を失っていたらしい。
 どうやら身体はなんともないようだ。
 あたりの景色にも変化はない。
 ただ変化があったものといえば─────

 「レイっ! 大丈夫っ!?」

 先程の光のせいか、レイが倒れている。
 慌てて辺りを見回すと、ファン・ルーはどこにも見えず、『闇の申し子』もレ
イと同じように倒れている。
 カイは立っているが、見た目にも疲れているようだ。
 よろめきながら歩いてくるカイを支えた。

 「ごめんなさい、レイ。あなたまで巻き込んじゃいました。
  あなたも、魔族だったんですよね………」

 レイは薄目を開けた。

 「ま、生きてるからいいさ………
  それより、今度は『闇の申し子』とだ。あいつも生きてるだろう」

 心底疲れた口調でレイは呟いた。
 なるほど、『闇の申し子』も身体を起こしている。
 ファン・ルーと二人で障壁を張ったせいか、ダメージは少ないらしい。

 「あの……キラ、ぼくはこの技を使った後、しばらく冬眠しなきゃいけないん
 です………
  目が覚めたら負けてた……なんてことに……なら…ないで………」

 言うだけ言うと、カイはぱたんっ、と倒れて眠り込んでしまった。
 そんなカイが妙に可愛らしくって、あたしは思わず笑ってしまった。
 さて、最後はあたしか。
 あたしは立ち上がると、『闇の申し子』と対峙した。

 「……結構、やってくれたね……」

 『闇の申し子』は怒りの滲んだ口調で言った。

 「予定外だよ。妄湖カイにあんな技が使えたなんてね………
  ほとんど反則みたいなものだよ。あれってさ。
  ファン・ルーは完全に消滅しちゃったよ……僕自身、ダメージを受けたしね。
  でも、神世レイもダメージを受けたみたいだね………」

 『闇の申し子』は言葉を切った。

 「最後はあたしとあんたの戦いよ」

 あたしは静かに言う。
 と……

 「どう? 神世レイも一緒に戦わない? 僕にそれぐらいの力は残ってるし、
 逃げられたら困るからね」

 『闇の申し子』はレイの方を向いた。
 レイは起きあがるとにやっと嗤った。

 「自殺行為だな。それは」

 レイの姿が霞み、次の瞬間にはあたしの隣に立っていた。

 「じゃあ、やろうか」

 『闇の申し子』はむしろ嬉々とした口調でそう言った。

 「あ! ちょっとタンマ!!」

 あたしは右手を上げて制した。

 「あんた、かなり高位の魔族でしょ? ならそれって普段は魔界にいるはずじ
 ゃないの? どーしてこんなとこにいるわけ?」

 すると『闇の申し子』は事も無げにこう言った。

 「ああ、そんなことか。
  君たち人間が召喚獣を召喚するために何度も何度も『門』をつくっただろ?
  普通の人間ならともかく、君たちみたいに魔力容量の多い人間が『門』を開
 くと、より大きな『門』が出来るんだ。
  ほら、例えば魔力容量が多くなければ、四聖獣みたいな召喚獣は召喚できな
 い、ってヤツ。
  それって、『門』が小さいと四聖獣みたいなのはつっかえちゃうんだ。
  で、その以上に大きな『門』が開くのを僕が探知して、こっちにきたわけ」

 ………ってぇことは何か? こいつがここにいるのは、あたしの責任?
 何とかコトを治めなきゃ………
 あたしはこっそり決意した。
 失敗したらどーしようとか考えながら………



*第五章へ*