「ふぅん」
 
 モーニングセットを口に運びつつあたしは一枚の地図に目をおとした。
 
 「どうしました?」
 
 カイ───一緒に旅をしている奴である。金髪のショートカットでなかなか整
った顔立ちをしている。が、背が同年代の男のコに比べ少し、もといかなり低い。
 そして何よりも目をひくのが、右手にはめた金属製のグローブ。小さな爪が付
いている。
 
 「何かあったか?」

 レイ───女の子と見まごうような絶世の美少年。腰まで伸ばした紫がかった
長い髪に朱っぽい色の悲しげな光を宿した瞳。朱をさしたように朱い唇。
 右手の人差し指に朱い珠のついた指輪をしている。
 
 「んーっ……とね」
 
 あたしは言葉を濁す。
 
 「また何か考えついたようですね」
 
 サラダをつつきながら、こともなげに言うカイ。
 
 「ふふっ」
 
 紅茶にブランデーを垂らしながら何がおかしいのか一人で笑うレイ。
 ……もー少し興味示せよ……おまいら




 「『鍵』の地図……ですか……」
 
 街道を歩きながら呟くカイ。

 「で、なんの『鍵』なんです?」
 「しんない」

 あっさり答えるあたし。あ、レイの顔ひきつってる。

 「あ、知らないとはいっても、詳しいことを知らないだけで………
  ま、簡単に言っちゃうと魔力容量(キャパシティ)に関係のある『鍵』らしいのよ」

 あたしはそこで言葉を切る。
 抜けるようにいい天気だ。本当に。

 「その『鍵』ってのは、自己の魔力容量を増やすとかそういうことの『鍵』なのよ。
  だから、その『鍵』ってのを煮るなり焼くなりすれば魔力容量が増えるってわけ」

 話し終えてあたしはカイの顔を覗き込む。

 「で、それだけなんですか?」
 「え? どーゆーいみ?」

 カイに聞き返す。

 「あなたが眼をつけるってことは、一粒で二度三度おいしい、ってやつじゃな
いんですか?」

 カイは言い終わって薄く笑った。
 あたしも笑いかえす。

 「あは。バレた? そ、まさに一粒で二度三度ってやつよ。
  その『鍵』はね、古代の道具で恐らく人が創ったものではないらしいの。
  つ・ま・り、それを創ったのは神族か魔族か……そんなとこらしいの。
  そういうのって魔法美術品としての価値も高いわけ。だから、使い終わった
後に、魔法の店(マジック・ショップ)へ持っていったら高く売れるはずよ」

 カネが人生の全てというわけではないが、こーして旅なんぞしていると何かと
出費が多かったりする。しかもあたしの場合、魔道もやっている。
 魔道というのは何かと物いりなのだ。

 「ま、ぼくはかまいませんけどね」

 とカイは言い、黙々と歩くレイにちらりと視線をはしらせる。

 「俺は構わない。行って害にはならないだろ」

 ……いや、わかんないぞ。レイは闇に身を置く魔族。はたしてその『鍵』がい
い影響を及ぼすか、というのは、はなはだ疑問である。
 むろん、いいか悪いかは行ってみないと分からないのだが。

 「で、その地図にはこの先にある『禁断の森』の中だって書いてあるけど。
  行ってみない?」
 「いいですよ」
 「ああ」

 よっしゃ! 決まりっ!

 「じゃ、近くの村で一泊してそれからね」

 カイが微かに表情を変える。

 「なぜです? 今からでも行けますよ」 

 ちっちっち

 「知らないの?『禁断の森』といえば、野良デーモンなんかがうじゃうじゃし
てんのよ。
  今からじゃ中途半端なとこで夜になるわ。夜になればとーぜん……」

 指を振りながら言うあたし。頷くカイ。

 「魔族……か……」

 呟いたのはレイ。憂いを含んだ視線が宙を彷徨う。
 ……なぁんか、いいなぁ。

  「で、あの『禁断の森』の中から、どんな形なのか、大きさすら分からないモ
ノを探し出すのか………悠長な話だ」

 うっ
 レイの皮肉に汗するあたし。
 確かにそうだ。『禁断の森』といえばアウルス大陸の中でも五本の指にはいる
ほど大きな森、と言われている。
 どーしよ………

 「ま、まあ何とかなるって」

 極力れーせーに言うあたし。
 鼻で笑うレイ。

 「じゃ、行こうか」

 あたしの声に一行は歩みを速めたのだった。




 「それで、その地図に道は書いてあるのか?」

 レイがそう問いかけたのは夕食のときだった。

 「おーまかな地形は書いてあるみたいだけど……道って言っても獣道どーぜん
でしょーねー」

 エビフライをかじりながら返事をする。

 「しかし……デーモンが多い、というのは少し困りますね」

 カイのもっともな意見に頷くあたし。
 べつにデーモンが怖いわけではない。
 ただ数が多いとややこしくなるのである。
 まぁそんなこと言ってられないけど……お宝のためだしっ

 「んじゃ、ゆっくり休んでね」

 そう言うとあたしは自室に戻ったのだった。
 



 どばごごごごごごぉん!!
 ものすごい音であたしは跳ね起きた。
 窓の外がぼおっ、と明るい。
 こんな夜更けに村中の明かりがつくわけがない。
 さっきの爆発音と考えあわせれば答えは簡単。
 すなわち、火事―――

 「!?」

 ばたむっ、と窓を開け………

 「やっぱりっ……」

 あちこちで火の手があがっている。
 しかしなぜ!?
 辺りを見回し、やっとその火事の原因が分かった。
 無数のレッサーデーモンが村を襲っていたのだ。
 剣をひっ掴み、呪文を唱えながら窓から飛び降りる。
 したっ、と着地したその前に、デーモンが立ちはだかった。

 「水魔氷河陣!(ディーネ・ブレス)」

 あたしの呪文でデーモンの体が凍りつき、四散する!

 「ちっ」

 あたしは舌打ちすると、腰の剣を引き抜く。二匹目が来たのだ。
 ぎぃんっ!
 デーモンの大振りの一撃を剣で受け流す。
 デーモンに軽く触れ、

 「振動弾!(ブレイクボール)」

 どががあっ
 ド派手な音をたてデーモンの体が吹っ飛んだ。
 二匹目を倒し、村の広場に走ると、そこにはすでにレイとカイがいた。

 「どういうことです、キラ!?」

 カイが叫ぶ。

 「だああっ。あたしも知らないわよっ!
  ともかくっ! デーモン倒して消火っ!」

 あたしたちはデーモンに向かって身構えた。




 「はぁっ」

 カイが左手をのばす。と、蜘蛛の糸のような細い糸が袖の下から伸び、デーモンを絡め取る。
 暴れるデーモンにカイは金属手袋を付けた右手の中の物を投げる。
 カイが投げた物は、薄い金属の板。
 その金属板には魔力が宿っているため、空気との摩擦で板の三倍ほどになる凶
悪な見えない刃を作り出す。
 それはデーモンの首のまわりをまわって、カイの手に戻ってきた。
 ずるりっ、とデーモンの首がずり落ち、赤黒い血がまき散らされる。
 後ろに寄ってきたデーモンをカイは余裕でかわし、右手をデーモンに突き刺す。
 小さな爪の付いた金属のグローブがざっくりと刺さり、直後抜き取られた。
 デーモンの心臓から。
 瞬時に絶命するデーモン。
 炎に照らし出され、返り血を浴びたカイの顔は異様なほど美しかった。




 レイの顔には戦いの時にしか浮かばない笑みが浮かんでいた。
 彼の指輪から細い赤い針が伸びる。
 それをぱきんっ、とへし折りレイは右手に持ち替えた。
 ふわりと動き手近にいたデーモンの後ろにまわる。
 さくっ
 デーモンの首に針の半分ほどが潜り込んでいる。
 びくんっ、と体をのけぞらし倒れるデーモン。
 と、突然レイが真横に跳んだ。
 レイのいた空間に炎の矢が降り注ぐ。
 ……もちろん、精神生命体である彼に炎など全くきかないが、当たってへーぜ
んとしていたら人間でないことまるわかりである。
 ここは村の中である。万が一人間に見られると話がややこしい。
 魔族は嫌われるのだ。  
 レイの指輪からまたもや針が伸びる。  が、今度はそれが意志を持ったように動き、デーモンの頭を二つまとめて貫く。
 熱い風に吹かれてレイの見事な黒髪が宙に舞い、あたしは思わず見とれてしまった。




 あたしの側にもデーモンは来ていて、レイやカイの戦いぶりをぼーっと眺めて
いる訳にはいかなかった。
 おおっし、一気にぶち倒しちゃるっ!

 「蒼光烈砲!(ブラムライトキャノン)」

 デーモンを貫いた青い光は虚空に消える。
 まず一匹!

 「風魔雷撃陣!(ジン・ブラス)」

 あたしの呪文でデーモンがケシ炭と化する。
 別のデーモンの爪があたしの服を引っかける!
 おにょれっ! よくもあたしの服を!!

 「氷蔦絡!(アイスレイル)」

 氷の蔦が地を這い、デーモンの足に絡みつき凍りつかせる。
 ぎゅいぃんっ
 どこからともなく飛んできたカイの刃がデーモンの胴体を二つにに断ち割った。
 そろそろ終わりか!?
 さっきの広場に行くと、消火にいそしんでいるレイとカイの姿があった。

 「全部倒した?」

 あたしの声に二人は振り返った。

 「ああ、それより消火を手伝え」

 えらそーだぞ……レイ……
 消火をしていたとは言っても、彼らは本格的な消火の術を使えない。

 「ったく……あたしに任せて」

 二人が退いたところにあたしは立ち、呪文の詠唱を始める。

 「炎沈!(フレアヴァリム)」

 あたしを中心にして白い光が広がり、それに呑まれた炎はすっかり消え去った。
 おっし、いっちょあがり。このちょーしでいくぞぉ。
 かくしてあたしたちは消火活動を再開した。




 『デーモンの凶暴化ぁ?』

 あたしとレイとカイの声が見事にハモった。
 あの後、すっかり火を消したあたしたちは村長さんに話を聞いたのだが……
 そのとき村長さんの言ったことがそれだった。

 「いままでは禁断の森の中でおとなしくしておったんじゃが……最近あちこち
の村が襲われてのぉ。何かあったのかと皆、噂しておりますわい」
 「ふぅん」

 村長さんの言葉を聞いてあたしは唸った。

 「で、誰かそれをどーにかしようとかは思わないわけ?」

 ぐるっ、と村人さんたちを見回す。

 「わしらには無理ですじゃ。あなた方のように力もない。
  祈るのが精一杯じゃて………」

 村長さんの言葉に頷く村人さんその1。
 ま、そりゃそーよね………
 人間、まず命が大事だし、ましてや戦闘経験のない人間が『禁断の森』に入っ
ていこうだなんて、そのほうがどーかしてる。
 あたしたちでどーにかするしかなさそうね。
 カイやレイはまだあたしの思惑に気付いていないようだった。




 「どういうことなんです?」

 あの後、村に朝までいたのだ。別の村に着いたのは昼頃である。
 その村の宿屋でちょいと遅めの昼食をとっていたときカイがこう言ったのだ。

 「ん? 何のこと?」

 チキンソテーを飲み込んでとぼけるあたし。
 レイはというとポタージュスープをすすりながら自分一人の世界にいっている。
 食後の香茶がでてきた頃にあたしは喋りはじめた。

 「『禁断の森』の中でぽこぽこデーモンが暴れてるわけ。
  ここで問題です。デーモンたちは前からたくさんいたのでしょうか?」

 レイの眉が一瞬動く。

 「恐らくは、『禁断の森』の中で発生している」

 レイが応えた。

 「そう。で、あの後あたしがちょいと聞き込みをしてみたのよ。そしたら、面
白いことが分かったわ。
  デーモン狂暴化の時期と、デーモン異常発生の始まった時期はほぼ同じなの」
 「ということは、異常発生によって狂暴化が起こったんですか?」
 「たぶんね。で、そーゆー状況ってのは絶対何か面白いことがあるわけ」

 あたしは香茶のカップを置いた。
 と、カイは頭を掻きながら、

 「ひょっとして『何だか面白そうだから行ってみよう』とかいう………?」
 「そうよ」

 べちっ
 カイがテーブルに突っ伏した。

 「やーねぇ、ついでなんだから。いいでしょ?」
 「………い、いいですよ………」
 「ああ、構わないさ」

 うまくすれば魔道の研究もはかどるチャンス!
 この機を逃す手はないって。
 あたしは一人、ほくそ笑んだ。



*第二章へ*