ま、まさかぁっ。この雰囲気は……
 あたしは宿屋のベッドの上に身を起こした。
 剣を腰に差し、首飾りをつける。
 すうっ、と息を吸い……
 ばたむっ
 窓を開ける。
 ……………………………
 あれ?
 てっきりデーモンかなんかが襲ってくるもんだと……
 むむっ
 あたしが見つけたのは、窓の外を行く小さな影。
 カイ?
 どーしたんだろ、こんな夜中に宿抜け出したりして……
 おしっ、ついてってみよっ。好奇心を我慢するのは身体によくないもんねっ。

 「風纏身……」

 声を殺して風纏身を発動させ窓から地面に降りる。
 カイの姿は宿の近く、村の外の丘の方へと動いていた。
 そのかなり後ろを小走りについていくあたし。
 もちろんあたしは気配を完全に隠している。
 カイは丘の上の木に登ったようだ。
 あいつって身軽だから、一回跳ぶだけで木の上に行けちゃうのよね。
 こっそりと、木の下まで行く。
 茂みに身を隠し、そーっとカイの様子をうかがう。
 カイは太い木の枝の上に膝を抱えてうずくまっている。らしい。
 その表情までは読みとれない。
 ぴとんっ
 と、あたしの手の上に落ちてきた水滴。これは?
 もしかして、涙?
 なめてみるとかすかに塩の味。
 カイが、木の上で何を考えているかは、分からない。
 ただ……きっと……泣いてるんだってことは……分かる。
 ええいっ、あたしまでめそめそしてどーするっ。

 「キラ!?」
 「えぅぇえっ!?」

 突然カイが声をかけたものだからあたしは声を出してしまった。
 ひらたくゆーと……その……見つかったのである。

 「何してるんですか?」

 半ばあきれ声でカイが問う。

 「いやー……まーその……
  そ、そおよっあんたが一人で出ていったから心配してついてきたのよっ」
 「それって……ギョーカイ用語で『尾行』とか言いません?」
 「………っそーともゆーかもしんない………」

 どーしろとゆーのだ……この状況……
 と、カイがアーモンド色の瞳に微かな微笑を浮かべる。
 へ?
 カイは大きく一つ、溜息をついた。  そしてやおら座り込むと、あたしにも座るように手で地面をさした。
 何か、いきなりシリアスな雰囲気………
 
 「な、何?」
 「ぼくの過去……まだ……言ってませんよね」

 半ば自嘲的に笑いながらカイは言った。

 「ぼくは神官だった……と言いましたよね……ぼくはいま十三歳です。
  神官になったのは八歳の時でした……神官としては幼かったけれど……ぼく
の才能を認めてくれた人たちがぼくを神官にしてくれました。けど……だけど……」

 いったんカイは言葉を切った。無限とも思われる沈黙の後、溜息が聞こえた。

 「ぼくは……神官としても、いえ人間としても……許されないことをしてしまったんです………
  ぼくのなかに在ったもう一つのぼく……破壊魔が覚醒したんですよ。
  それがなぜなのか、ぼくには分かりません。
  あのおぞましい記憶は残っているのに……
  破壊魔であるぼくは………村を……消してしまったんです……全て……ぼく
を愛してくれた人もみんな……壊してしまった……」

 カイの声が震えた。

 「気が付いたら……荒野でした。そこは……。
  ぼくはそこを離れました。また、破壊魔が覚醒するかもしれない、とも思わずに……
  ですけど一度を除いて破壊魔は覚醒しませんでした……あの一度を除いて」

 あの……一度って?   
 「あなたも知っているはずです………ミラルド・シティの原因不明の壊滅……
  あれは……ぼくがやったんです。そのすぐ後に、レイと会い、あなたと会ったんです」 

 そんな……
 あたしは身体が震えているのが分かった。
 カイが………破壊魔だなんて。

 「破壊魔は全てを破壊しました……でも……あれの心の中にあったのは『孤独』でした。
  あれのことは……ぼく自身よく分からなかったけれど………あれの心がぼくには見えました。
  泣いていました。破壊魔も泣くんです」

 ふぅ……
 カイは息を付いた。

 「……ぼくの戦闘パターンは全て破壊魔の意識によるものです………ぼくが……
 無意識のうちに破壊的であることも……それです……」

 カイ………

 「あなたは……」

 あたしは自分の言葉を確かめるようにゆっくりと言った。

 「あなたが自分を責めてどうにかなることじゃない……
  破壊魔が覚醒したこと、たとえそれがあなたの責任だったとしても、あなた
 が自分を責めて何か意味でもあるの?
  自分を責めないで。
  壊したことの償い。それをしましょうよ。
  壊したことに償いができるはずもないけれど、それでも精一杯やればいい。
  あなたの力で、あなたのできることを。
  それに、破壊魔を押さえられれば……」

 いいのよ。そう言おうとしてあたしは言葉を呑んだ。
 カイは……ずっとそうしてきたのだ。
 それで……悲しみがいっぱいになったんだ。それで苦しかったんだ。

 「……ありがとう……キラ……そう言ってくれて……嬉しい……」

 カイは少し笑った。

 「何か、できることを捜します。あなたと旅しながら」
 あたしは手を伸ばして力一杯カイを抱きしめた。
 こうすることしかできなかったから。
 「あたしは、カイに会えて嬉しい。あなたが何であろうと、あたしが会ったの
は、『カイ』というあなたよ」

 カイは微笑んだ。そして一言。

 「キラの馬鹿力。とっても痛いです」

 ずごしゃあぁぁっ
 あたしはずりこけた。

 「っ痛ったー。くぉらっ! カイ、あんたね…」

 あたしの抗議を聞き流し、ふわりとカイは後ろに跳んだ。

 「本当にありがとう、キラ」

 そう言うとカイは宿の方へ走っていった。  
 ……さてと、あたしも戻るか。
 すたすたと歩いてゆき、村へはいる。
 窓から入ろうと風纏身を唱え始めたそのとき、遠くの方で馬の群れが爆走して
いるような音が聞こえた。
 馬の群れがこんな夜更けに爆走するはずもない。
 宿に飛び込みレイとカイをたたき起こす。(エリザもついでに)
 全速力の風纏身で地面すれすれにかっ飛ばす。
 ちなみにエリザは風纏身が使えないため、アレンジ版の浮遊(レヴィ)であたしと
一緒に飛んでいる。

 「やっぱりっ」

 あたしは声をあげた。
 数十匹のデーモンが、村に向かって爆走していたのだった。
 おーし、食い止めなきゃっ!
 風纏身を解き、地面に降りる四人。
 戦いが、始まった。




 「とりゃあああぁぁ!!」

 気合い一発。デーモンに突っ込んだのはエリザだった。
 じゅらっ、とノコギリ刀を引き抜きデーモンに突き刺す!
 ぷしゃうっ、と赤い血が吹き出す。
 ぐおぉおおおおん!!
 痛みに怒り爪を振るうデーモン。
 すいっ、と後ろによけ走るエリザ。くるりっ、と体をまわし突っ込んできたデーモンに回し蹴りを放つ!
 回し蹴りはデーモンの後頭部に炸裂した!
 続く動作でノコギリ刀を使い、バランスを崩したデーモンの延髄をたたっきる!
 これにはデーモンもたまらず倒れ、動かなくなる。
 どうやら彼女は体術系が得意らしい。

 「せいっ」

 腰の袋から取り出した何かを別のデーモンに投げる。
 ぐさぐさっ、という音をたててそれはデーモンの体に刺さる。
 エリザが投げた物は釘だった。かなり太い五寸釘ぐらいのものだ。
 痛みに一瞬デーモンの動きが止まった。
 その一瞬のうちにノコギリ刀が一閃しデーモンの首を落とす。
 ……専業大工とはいえ、イイ腕してる。エリザ。
 その間もカイとレイが殺戮を繰り返している。
 あたしはとりあえず見物していたのだが、デーモンもアホではないのであたし
に気づいたようだ。
 ふっ、いくわよ。

 「爆発陣!(ボムブランド)」

あたしの呪文で吹っ飛ぶデーモン。
 んっふっふ………ちょろいちょろい

 「振動弾!(ブレイクボール)」

 デーモンの頭が砕け散り、赤い肉塊が転がる。(グロテスクね)
 続いてしゅらんっ、と腰の剣を抜き、近づいてきたデーモンに叩きつける。
 げしっ
 鈍い音をたてて、刃がデーモンにめり込んだ。
 やっぱりあたしの力じゃ切れないか……

 「レイっ! こいつ頼んだっ!」
 言って呪文の詠唱に入る。
 レイが指を二本立てる。
 指の先に光が灯り……
 どーしたのかしらないがデーモンの体が光り、四散した!
 その光の中をカイが駆け抜け、後ろにいたデーモンの脇を疾る。
 カイがすり抜けた瞬間デーモンは脇腹からどす黒い血を吹きだし、倒れた。

 「星屑の嵐!(スターダストサイクロン)」

 あたしの呪文が完成する。この呪文は魔族の母、闇の中の闇に力を借りた立派
な黒魔術である。
 ついでに言えば人間が使える術の中では最強と言われている。
 どーしてただのデーモンに最強技を使ったりするかというと理由は簡単。
 めんどくさいんだ、ちまちま倒すのは。
 それにあたしの魔力容量はこの術を10発撃っても平気なのだ。(自慢)

 「カイっ! 防御呪文をっ!」

 あたしの叫びでカイが呪文を唱える。
 空が、漆黒の色に染まる。(もともと暗かったけど)
 無数の光る粒、魔の星屑が降ってきた。
 それとほぼ同時にあたしたちの体がぼんやりと光る。
 カイの防御呪文が完成したのだ。
 何故、防御呪文を使わねばならないか? それは星屑の嵐の欠点のせいなのだ。
 この術は、あたしたちの戦っている場所全てに星屑を降らすものである。
 敵味方区別なく、である。
 そのため、これを使う場合は防御結界などが必要なのだ。
 星屑はデーモンに収束し、内部で爆発する。
 もちろんあたしたちは大丈夫。カイの防御呪文のたまものである。
 これでざっと十数匹のデーモンを葬った。

 「影殺閃!(シャドウ・ダイ)」

 声の主は……エリザ!
 彼女の影から巨大な影の顎が現れ、それが次々とデーモンの影を襲う。
 があああああっ!
 デーモンの太い悲鳴。
 影を食いちぎられたデーモンは、同じ身体の場所から血を吹く
。  顎がデーモンを食いちぎる様は、まさに獲物を狩るシャチ。
 影の顎は合計五匹のデーモンを狩り、消えた。
 カイの金属片がデーモンを切り裂く!
 レイの針がデーモンを貫く!
 エリザのノコギリ刀が唸る!
 あたしが最後の一匹をぶち倒したのはちょうどこのときだった。

 「ふー。なんとか村は無事だったみたいね」

 あたしは汗を拭いながらあたりを見回した。
 累々と横たわるデーモンの死体。
とことん鼻を突く血の匂いにあたしは口を押さえた。
 どーもこの匂いは苦手だ。何回嗅いでも慣れない。
 まぁ慣れたら慣れたでヤバいけどね。
 「うーん、眠いよぉ」
 エリザの声に東の空を見ると白々と夜が明け始めている。
 「もう、宿に戻って寝ましょ。禁断の森に行くのは一日遅れるわね」
 あたしが言うと全員眠そうに頷いた。
 レイ……無口………




 宿に帰った後死んだように眠り込んだせいで昼ごはんは食べられなかった。
 結局、全員そろったのはミーティングin酒場だった。

 「じゃ、洞窟にいくんだぁ」
 「ま、そーゆーこと」

 現在ミーティング中。今後の予定の説明をしている。

 「何にしても大変になりそうですねぇ……」

 カイが頬杖をついて呟く。

 「また、サラーみたいなのが出てくるか、あるいは……」

 憂鬱そうに言うレイ。
 うーみゅ……みんな疲れがとれてないみたいね………

 「ま、明日になんなきゃ行けそうもないね」
 「あ、そのことだけど……」

 あたしは片手を上げた。

 「また森の中をわしょわしょいくより風纏身で空から行こうと思うの」
    「そのほうが簡単そうですね」

 カイが同意する。

 「とすると俺達はいいとして、お前は風纏身使えるのか?」
 
 前髪を弄っているエリザを見ながらレイが問う。

 「ああ、そのことならだいじょーぶ。あたしアレンジ版の浮遊(レヴィ)使えるから。
  風纏身ほどスピードでないけど、キラさんにつかまって翔べばなんとかなる」

 フォークぴこぴこ振りながら気楽に言うエリザ。
 さっき使ったテである。

 「じゃあしっかり休まなきゃね」 

 あたしが言ったすぐ後、

 「よおよお、お嬢ちゃんたち」

 後ろからニヤけた声がかかった。
 あたしやエリザが振り向くとかなり酒の入ったにいちゃん達。

 「君たちだけかい? オレ達が付き合ってあげようかぁ」

 あほまるだしである。
 どーせあたしたちのことをおのぼりさんかなんかだと思ったのだろう。(気易く声かけないでよっ)
 無視して食事を続けるあたしたち。
 一人の男が黙って座っているレイの後ろにまわる。
 「君すげえ美人じゃないの。俺とヤんない?」(まあっ、お下劣っ)

 あ、レイのこと女だと思ってるみたい。
 ま、無理もない。(口紅塗ってるからとーぜんだが)朱い唇。長い髪。男のコとは思えない顔。
 レイはというと無視。
 しかし、そのこめかみがけーれんしているのをあたしは見逃さなかった。

 「なあ、そんなに情れなくしねぇでよぉ」

 さっきの男がレイの肩に手を伸ばす。
 ぱしっ
 レイの右手があっさりと男の手をはねかえす。

 「あ、こ、このアマぁ」

 だから違うって……野郎だよ、そいつぁ……

 「あのぉー」

 と、声の主はエリザだった。彼女は拳を口元に持っていきぶりっこをする。

 「あたしたちぃー、『禁断の森』への行き方がぁー分かんなくってぇー。
  お兄様たちぃー、連れてってくれませんー?」

 完全なぶりっこ言葉………
 しかし、その『禁断の森』という単語に男達は顔色を変えた。

 「あ、あ……いやぁー。あははははははは」

 ひきつりまくった無意味な笑いでごまかしつつテーブルから遠ざかる男達。  ふぅ……うっとおしかった。
 「それにしても……演技、上手ですね……」

 あきれ顔でカイが言う。
 
 「まあね。そだ! せっかく酒場だし……おっちゃーん! はちみつ酒お湯割りでお願ーーい」

 大声で注文するエリザ。
 「あ、ズルい。こーなったらあたしも……おじさーん、フィブランのジュースちょうだい」
 「ぼくも何か頼もうかな……?」
 「俺は……」

 こーしてミーティングの席は混沌としてくるのだった。
 それはともかく、明日が楽しみっ!




*第四章へ*