「ひょえええ。禁断の森って広いのねぇ」

 次の日の朝、かなり早く宿を出たあたし達は作戦通り風纏身と浮遊で禁断の森
へ向かったのだが……
 広いっ、広いのだっ。知ってはいたがマジで広いなぁ、こりは。
 なんとか目標の洞窟が見えたからよかったけど………
 飛びながら洞窟を指さすレイ。
 それに従って降下するカイ。

 「あたしたちも行くわよ、エリザっ」

 言って風纏身を操る。
 洞窟の入り口とおぼしき所のそばに降り立つ四人。

 「さて、行きますか」

 言って抜いた剣に明かりをかける。
 剣の切っ先に魔法の明かりが輝いた。
 洞窟の中に入ると湿った空気のにおいがする。
 あたし、カイ、エリザ、レイの順で並んで歩いている。
 ぴとん、ぴとん、と天井から水の落ちる音がする。
 それがまたホラーな雰囲気をかもしだしているのだ。

 「たぶん、ここでしょうね。『鍵』は。そして大量発生の原因も」

 言って明かりを振りかざす。

 「本当ですか?」

 カイは疑惑の声をあげた。
 あたしは首を縦に振る。

 「何となくそんな感じの魔力みたいなのがするのよ。デーモンを創り出す場合、
魔界から低級の魔族を召喚して、それを人間界の生物に憑依させるでしょ?
  それって魔界と人間界をつながないとできない。つなぐ門があるとすれば、
そこから魔力を感じる。そういうわけ」
 「でも……おかしくありませんか? もしもそうなら何か、例えばデーモンあ
たりがうろうろしていていいはずです」

 あたしは無言で頭を掻く。そこんとこの説明がつかないのだ。
 洞窟の中をしばし静寂が支配した。
 あたちたちの足音が微かに響くのみ。

 「ん?」

 レイが声を上げる。

 「何だろ……」

 エリザの手が知らず知らずのうちにノコギリ刀に伸びる。
 何か……違和感が……デーモンみたいなんじゃなくって………

 「ここにいたデーモンは俺が片づけた」

 レイに似た声が洞窟に反響する。

 「なっ!」

 妙に焦ったレイの声がした。
 ゆらりっ、と霞みながら現れた人影……
 何もないところから現れる人影と言えば、神族か魔族と相場が決まっている。

 「待ってた……レイ……」

 それは言った。

 『なっ!?』

 レイ以外の三人、あたしとエリザとカイの声がハモる。
 そいつはレイにそっくりだったのだ。
 白っぽい服も、長い髪も、朱い唇も。
 そして悲しげな光を宿した瞳も。
 しかし、レイと違って長い髪は銀髪、指輪はなく腰に剣を下げている。底冷え
するような瞳の色は漆黒。
 そして胸がないのでどうやら男だ。

 「ローラン……なぜ……」

 レイが絞り出すように言う。

 「お前がここにくるのが分かったからだ」

 美しい顔に微かな笑いを含み、ローランは言った。

 「戦う以外に道はない、か」

 遠い昔を思い出すような口調で喋るレイ。

 「悪いけど、手を出さないで」

 振り向きもせずレイは言葉を投げる。
 むろん、レイ以外のあたしたちに状況は解らない。
 『ローラン』が何者で、なぜレイと戦うのか?
 けれど、あたしたちは何も言わなかった。
 レイが『戦う』言ったのだから。
 凄いことになりそうだな………
 そんな予感がした。  




 いつの間にかレイの手には子供の手首ほどの針が握られていた。いつもは朱い
その針、いや、槍は銀色に輝いている。
 それよりもレイの服装自体変わっていた。
 白っぽい服(はいつもと同じだが)に真っ白な小手と具足をしている。
 きれいだなぁ、などと見とれている場合ではない。
 なにしろ二人とも人間を遥かに凌駕する種族だ。(レイは魔族だし、ローラン
は神族か魔族だし)
 あたしたちは後ろに退った。
 ローランの方はというと腰の剣を抜き放ち、構えている。
 最初に動いたのは──レイ!
 右手に持った槍を横薙ぎに、ローランに叩きつける!
 ローランはふわりっ、とかわす。
 ざむっ
 ローランの後ろの岩壁が裂けた!
 槍が触れていないのに、である。
 ローランが剣を突き出す!
 レイは斜めにかわすと、剣の腹を槍で叩く。
 ばちばちぃっ
 剣と針が触れ合った瞬間、魔力のプラズマが疾り嵐となる。
 バランスを崩したローランに、レイの上段回し蹴りが迫る!
 体を沈めやり過ごすローラン。
 いったん離れる二人。
 すごいっ!
 あたしは内心声を上げていた。
 が───二人の技量はほぼ互角。このまま延々続くのだろうか?

 「変わってないな」

 ローランの声。

 「……お前もだよ。……神魔戦争の決着をつけようぜ」
 
 レイは不敵に笑って言った。
どーやらあのローランってやつ、神族らしい。
 神魔戦争とは、神族対魔族の戦い。レイと敵対していたのなら神族だ。
 
 「望むところだ」

 ローランが言葉を返す。

 「行くぞ」

 今度は……ローラン!
 剣を両手で握り、胴を薙ぐような一撃を繰り出す。
 左右にはよけられない。返す刃で切られるからだ。
 迷わず退くレイ。
 ローランはそのまま突っ込む。
 退いたことで一瞬できたレイの隙、そこにローランは押し出すような刃を放った。
 その切っ先がレイの二の腕をとらえた!
 が───
 それを悟った瞬間、レイもまた踏み込み、槍を突き出した!
 その槍が、ローランの右腕を傷つけた。
 レイは当然一滴の血も出ない。彼が魔族だからである。
 そして、ローランも同じく。
 また、走る二人。
 今度は左手に魔力を蓄えるレイ。
 そしてローランの剣を魔力で押さえ込む!
 そのまま槍を横薙ぎにする。
 ローランは押さえられた剣を支点に体を回転させ、かわす。
 その勢いに任せ、後ろ回し蹴りを放つローラン。
 仕方なくローランの剣を放し離れるレイ。
 なにを思ったか槍を左手に持ち替えるレイ。
 ははあ、そーゆー作戦ね。
 右手の指輪から細い朱い針が伸びローランへと進路をとる。
 ローランは左手に魔力を蓄え、針を握りつぶす。
 ふしゅうっ
 音をたてて針が消滅する。
 また、走る二人。
 今度は、槍と剣が真っ向からぶつかる!
 ぎゃおぉぉん
 空間がきしんだ悲鳴を上げ、魔力のプラズマが荒れ狂う。
 どちらも退かず相手を押す。
 力を抜けば……死が待っているのだ。
 ぎうんっ
 一分間ほど続いた押し合いに終止符が打たれた。
 空間を振るわせるプラズマが二人を弾き飛ばしたのだ。
 たんっ、と着地する二人。

 「いい加減決めようか!」

 叫んで疾るレイ。

 「来いっ。レイっ!」

 こちらも叫んで疾るローラン。
 ぶつかり合った二人の力が光を放つ!

 「くっ」

 眩い光が洞窟内に満ち、辺りが見えなくなる。
 徐々に光が消えたその後に、壮絶な最後が現れる。
 ローランの剣はレイの左肩をまともに貫いていた。
 しかし、レイの槍は、ローランの胸を貫いていた。
 レイの指先が槍を放し、ローランの体が力無くくずおれる。
 レイの膝から力が抜け、座り込んだ。
 レイは、自らの手で貫いたローランの顔をじっと見つめていた。
 あたしたちが見たこともない、哀しい、優しい眼で。
 ローランの目がゆっくりと開かれ視線を彷徨わす。
 そして、自分を見つめているレイを見つけ不思議な表情をする。
 あきらめと、微笑と、優しさが入り交じったような。 

 「やっと、決着が付いたな……」

 ローランの唇から言葉が滑り出る。

 「ああ、長かった」

 レイの手が伸ばされローランの頬に触れる。その手をローランが握る。

 「俺はずっとお前を捜していた。 
  決着が付かず、空間のひずみでどこかに飛ばされた後も。
  レイ……神と魔族、両極の種族だったけど、俺はお前が大好きだよ。
  愛してた………」

 もはやその言葉にも、動きにも死の色が濃い。
 ローランは自分の身体を持ち上げ、その唇が軽くレイの唇に触れた。

 「レイ、…………、………」

 ローランの最後の言葉はレイにしか聞こえなかったとあたしは思う。
 カミーユ=レイにしか。
 レイの手を握っていたローランの手が、ことりっ、と落ちた。
 ローランは微かに笑みを浮かべ、レイの傍で息絶えていた。

 「ローラン……」

 呟くとレイはそっとローランの体を持ち上げた。見事なローランの銀髪が垂れ、
レイとそっくりな横顔が見える。

 「ローラン」

 もう一度呟くと彼は、生きることをしなくなったローランの体を抱きしめた。
 その瞬間、ローランの体が輝き、無数の小さな光の粒となって虚空へ消えた。
 あたしはなぜだか、たまらなくやるせなかった。
 自分たちの望んだこととは言え、自分の手でローランを殺したレイの気持ち。
 それがあたしには何となく分かった。
 それだけじゃない、他の何かも相まってあたしはやるせなかった。
 エリザとカイも黙っている。
 しばらくの後

 「そういえば、事情を説明していなかったな」

 レイが昏い声を出した。

 「ローランは神族。初めて出会ったのは神魔戦争」

 いったん言葉を切り、ローランのいた空間を見る。

 「神魔戦争終盤、神族も魔族も戦力を結集させた部隊を造り決着を付けようとしていた。
そのとき神族の軍を率いていたのがローラン、魔族を率いていたのが俺だった
 ……その戦いは人間界、アウルス大陸のあたりで終わった。
  最後は、俺とローランの一対一の勝負で」

 レイの体が微かに震える。

 「何のために? 何で、決着をつけることを望んだの?」

 あたしは言った。
 だって、今になって決着を付けるなんてあたしに言わせりゃバカらしい。
過去のしがらみを引きずり続けるのも気にくわないが、だからって『騎士道精神』
みたいに決着をつけなくてもいいと思う。

 「神族と魔族は相反する種族。その二つは、反発しあい、戦い続ける。
  神魔戦争が終わっていても、俺達の戦いは終わらない」

 魔族や神族の気持ちなんて、よく理解できない。あたしが人間だからだろうか?

 「それで、幸せなの? 相手を好きなのに?」
 「ああ。過去を終わらせずに放っておく方がよっぽど不幸せだよ」

 レイは微かに笑った。微かだったけど満ち足りた笑顔。
 そして、立ち上がると、

 「行こう、まだ目的を果たした訳じゃない」

 わりとしっかりした口調で言う。
 あたしは少し安心した。

 「あれ、カイさん、どうしたの?」

 エリザの声で振り向くとカイが小刻みに震えている。

 「怖い……」
 「怖いって? 何が?」
 「分からない、でも……怖い」

 幼い子供が脅えたような表情をしている。

 「と、とにかくいくっきゃない」

 あたしは明かりをかけた剣をしゅらんっ、と抜き放つ。
 歩き続けることしばし。
 その間にもカイがレイの傷に回復呪文をかけている。
 洞窟にあたしたちの足音と、カイの詠唱と、水の落ちる音が響く。
 エリザは釘の数を数えたり、ノコギリ刀を抜きやすいようにしたりしている。
 本能的に、『何か』があると感じたらしい。
 あたしも歩きながら背を汗が伝うのが分かった。 
 気温のせいではない。何かがあるのだ。
 何の変化もなかった行く手に扉が一つ。

 「いくわよ」

 ごくり……
 誰かの息を呑む音。
 後ろで呪文を唱え始めるエリザ。
 観音開きの扉に手をかけ……あ、開かない。

 「封除(ロック・アウト)」

 声を殺して鍵あけの呪文を唱える。
 取っ手に手をかけすうっ、と息を吸い。
 ゆっくりと、扉を開ける。
 きぃぃぃぃっ、ときしんだ音をたて扉が開く。
 その向こう側は、大きながらんどうの部屋になっていた。
 ちょっとした家なら楽に四、五件は建てられる広さである。

 「あ、あれなんだろ」

 エリザの指さす方向を見ると向こうの方に小さなテーブル一つ。上に何か乗っ
ているようだがここからでは見えない。

 「行ってみませんか?」

 緊張を含んだカイの声に促されるようにあたしたちは歩き始めた。
 近づくにつれてテーブルの上に乗ったものが見えてきた。

 「宝珠?(オーブ)」

 エリザが小さな声で呟く。
 そう、テーブルの上に乗っていたのは大人のこぶしほどの宝珠だった。
 妖しい光を帯びたそれはたえず輝きを変え、揺らめいていた。
 その宝珠からは、邪悪とも言える魔力が発せられている。

 「魔界の門?」

 あたしは誰にともなく問いかける。

 「そうらしいですね」

 何の根拠があるのかは知らないが、カイが応えた。

 「なら……これを砕けば……」

 問いかけたあたしに、カイはこっくりと頷いた。
 根拠がどーとか話している状況ではない。

 「行くわよ」

 あたしは剣を構えた。

 「はっ!」

 気合いと共に振り下ろされた剣は、あっさりと宝珠に跳ね返される。

 「レイ、あたしたちじゃ砕けそうもないわ。お願い」

 あたしは横に移動すると後ろにいるレイに頼む。
 びぎいいぃんっ!
 レイの指輪から伸びた針が宝珠をバラバラに砕いていた。 
 色を変え、輝く破片はやがてその光を失い、細かい微粒子となって散る。

 「終わった……の?」

 エリザが口を開いたのはそれからしばらくしてからだった。
 部屋の中の不思議な雰囲気が消えている。

 「そうみたいね………ってぇ! 『鍵』は!?」

 あたしは我に返る。

 「今の宝珠がその『鍵』らしいな……」

 レイが半ばぼーぜんと呟く。

 「そう言えば魔法美術品としても価値、ありそうでしたし……今の宝珠」

 カイもそれに倣う。

 「『鍵』が変な風に魔力持ったんじゃないの?」

 エリザも言う。
 あああああっ! 結局タダ働きっ!

 「ちっくしょーーっ! 悔しぃーーーーーっ!」

 叫ぶあたし。

 「ともかくっ! 帰ろっ!」

 あたしがくるりっ、ときびすを返したそのとたん、
 ヴンッ
 魔力の衝撃波があたしたちを襲った!

 「くはっ」

 一瞬息が止まる。

 「何ですっ?」

 カイの声にあたりを見回しても何も見あたらない。
 と、空中の一点になにかが集まる。
 それはぼんやりと人の形を(?)とり─────

「いろいろと、やってくれたな」

 怒りをにじませた口調でその人型は言った。

 「魔族?」

 エリザの微かな呟きにそれはこう答えた。

 「我は魔族ではない。我は『無』だ。我が計画もやっと波に乗ったというのに
貴様らが宝珠を砕いたせいでそれも水の泡───この怨み晴らさせてもらうぞ」

 訳の分からないことを並べ立てる『無』
 『無』って……神族でも魔族でもないのか?
 我が計画って、デーモン狂暴化のことだろうか?
 終わったと思ったのに、また戦い………
 それも今回は、ものすごいやつ─────



*第五章へ*