「そおいうことだったのね『男』って……」
次の朝パーティーに行く用意が終わって四人が集まったときあたしの疑問は
きれいに氷解した。
つまり昨日のレイの言葉は『男のカッコで行くか女のカッコで行くか』と
いうことだったのだ。
カイが『男』と言ったためレイは男のカッコをしてきていたのだが……
違うっ、いつもと違いすぎるっ!!
あろうことかレイは腰の辺りまであるロングヘアをばっさり切って
カイと同じようなショートカットにしてしまったのだ。
服装は髪と同じ黒。どこで調達したのか黒いロングブーツを履いている。
……白状してしまうけどショートのレイもかっこいいのよね。普段の『綺麗』
とはまた別の雰囲気があって……
「でもさー、髪の毛もったいないよねー」
あ……確かに。あんなに伸ばすの大変そーだもんね。
何年ぐらいかかるんだろう………
「おい、バカ言うなよ。俺は魔族だ。姿形だって変えられるんだ、髪の毛なん
て短くも長くもなる」
あ、そりゃごもっとも。
ちなみにあたしとカイはいつもの格好。エリザは大工服に赤いヒールのサンダル。
いーのかな……こんなカッコでパーティー行って。
あたしやエリザなんか腰に剣つけてるし。
礼服とかってあたしたち持ってないし………
「まぁいいや。よーし、行くわよっ」
気合いを入れて外に出る。
「ねーキラ、歩き?」
「うーん……メンドーだし風纏身(ウイング)で行っちゃおか」
「その方が楽そうですね」
「異議なし」
あたしたちは思い思い呪文を唱える。
あたし、カイ、レイは風纏身を。エリザはアレンジ浮遊(レヴィ)を。
エリザ、コントロールをミスんじゃないわよ。
というのもつい最近エリザと一緒に飛んでいたときエリザがコントロールミス
ってあたしまで仲良く落ちたのである。
……アレンジ浮遊じゃ風纏身よりスピード出ないから掴まって飛ぶしかないのよね。これが。
だからってあたしまで一緒に落とすことないじゃないのよっ。
『風纏身!』
「浮遊」
四つの呪文はほぼ同時に発動した。
あたしのまわりに風が渦巻き、あたしの意志に従ってふわっ、と浮かぶ。
しっかと掴まってくるエリザ。
あたしたちは術を操り街の中心に位置するグラングヤード城へと向かった。
グラングヤード城はさして大きい城ではなくまあ一地方領主といった雰囲気の城だ。
外観もごくフツーの灰色のものでとくに派手なものではない。
大きめの城門の前で術を解除する。
警備兵がつかつかと歩み寄ってくる。
「失礼ですがお名前を」
「えっと、水彩野キラです」
警備兵は表のようなものを取り出しなにやら書き込む。
「水彩野キラ様とお連れの方ですね。どうぞお通りください」
警備兵の声でぎぎいぃっ、ときしんだ音をたてて城門が開く。
あたしたちは城門をくぐり───
「へぇ、結構……外観と違うわね」
あたしはロビーに入り思わず呟く。
城の外観は先程も述べたように可もなく不可もなくの平凡な城だったのだが。
城の内側はと言うとなかなか優美な造りをしていた。
ロビーに限って言うと(ロビーしか見てないし)壁は全て白い大理石造り。
ところどころに大理石の彫刻が施されている。床にはこげ茶の絨毯がしいてあり、
ロビーはほぼ円形で吹き抜けになっていた。
平たく言うと二階の床が陥没してその下がロビーになっているのだ。
頭上高くに輝くのはクリスタルのシャンデリアでなかに魔法の明かりが灯されている。
付け足すならばかなり広い。
「パーティーの会場は謁見の間でございます」
ロビーの装飾を眺めていたあたしたちは礼儀正しい執事さんに案内され謁見の
間へと向かう。
「ここでございます」
執事さんにお礼を言いひょいっ、とその部屋に入ったあたしはさっき城に
入ったときよりびっくりした。
ゆうにロビーの二倍はある。広さも優美さもついでに維持費も。
床には真紅の絨毯が敷き詰められ、天井にはシャンデリアが数十の単位で輝き、
微妙に色の違う大理石のパネルで壁が覆われている。
パネルをよく見るとグラングヤードの家紋がきっちり浮き彫りにされていたりする。
数百はあろうかというパネル全てに、である。
さらに天井に近い壁にはこれまた真紅のリボン、と言うより布が見事なひだを
つけて飾られている。
……なんかすごいぞ……ここ……新築だから当たり前かもしんないけど……
パーティーをするのだから当然であるが白いテーブルクロスのかかったテーブ
ルがたくさん並んでいる。
そしてその上に乗っている料理の数はハンパではない。
恐ろしいところねぇ………
ふと思い出してエリザたちを見るとやはり予想通りの状態だった。
すなわち───
エリザはよだれを垂らさんばかりの顔で料理を眺め回し、カイはあたりの装飾
品を眺め、レイは食卓に飾ってある薔薇の花を手持ちぶたさで手に取っている。
さらに困ったことにレイとカイが非常に目立っている。
しいて言えば宮廷婦人や来賓の女性の視線を集めまくっているのだ。顔が顔だ
けに。(男でも見てる奴がいる)
こらっ、アホレイっ! 薔薇なんか持ってたらかえって目立つってば!
このバカカイっ! そーゆー眼で天井見上げるなっ!
エリザっ! 人が眼を放した隙に料理を抱え込むなっ!
て……てめぇら………あたしの苦労もしらないで…………
思わず叫びそうになったその時、
「まあ、ミサノさん。来てくださったのね」
と言うやわらかな声があたしの後ろに響いた。
振り向けば二十歳すぎ位の女性が一人立っている。
綺麗な顔立ちをした人で褐色の巻き毛が肩の辺りまで垂れ下がり、切り込んだ
ような二重瞼の下の眼は少しうるみ、明るく輝いている。
象牙色のドレスに身を包み、その肌は雪の白さをしている。
綺麗な人だわ………
………はて? 誰だっけ………
こんな人知り合いにいなかったよね……
「私、グラングヤード城の城主を務めているアンヌ=ルクス=グラングヤード
と申します。来ていただけて光栄ですわ」
言ってにっこり笑う。
あ、城主サンかぁ。
「あ、えーっと、本日はお招きにあずかりどうもありがとうございます。
私は水彩野キラです」
そーだ、エリザ達はっ!?
くるっと振り向き三人を問答無用で引っ張ってくる。
「こっちが大工をやっている月峰エリザ。こちらが神世レイ。で、こっちが」
あたしが言う前にカイはあたしの手を振りほどき一歩前に出る。
「妄湖カイと申します。お目にかかれて光栄です」
と言って優雅に一礼する。
「御丁寧にどうもありがとうございます。私はアンヌ=ルクス=グラングヤー
ドです。こちらこそお会いできて光栄ですわ」
何だか張り合ってるような雰囲気が否めないのだが……
「ところで、なぜあたしたちを招いて下さったんです?」
あたしはかねてからの疑問を口にだす。
すると、
「あら、私、使いに理由を話すのを忘れていましたわ。失礼いたしました。
ミサノさんが『禁断の森』のデーモン騒ぎを治めたからですわ」
ええぇぇっ、何で知ってるのっ!?
すると彼女は甘やかに笑った。
「私の情報網も捨てた物ではありませんわね。自分の領地で起こったこと
ぐらい知っていなければ領主とはいえませんわ。
それにキラさんのおかげで領内の盗賊団、夜盗団などがかなり壊滅いたしま
したから。私、領主として感謝していますわ」
……とーぞくだんが壊滅したことなら(たくさん)あるよーな気もする。
うーむ……絶滅しないでね。とーぞくさんたち……
「では、パーティー、お楽しみください」
と言い残して別の来賓の所へ行くアンヌさん。
その姿を何とはなしに見送るあたし。
「さて……と」
あたしはレイたちのほうへ行く。
ん? エリザが眼の色変えてなんか食ってる。
ひょいっ、と覗き込んでびっくり。
エリザはサングラを食べていたのだ。
「エリザぁっ!? あんたが食べてるの、サングラじゃないのっ!?」
「へへー。そーだよ。おいしーのよっ。まさに幻の珍魚ねっ」
「なぁんでこんな時節にあるのよっ。サングラっていったら晩秋にしか食べら
れないのよっ! 何でこんなときにっ!?」
「まーまー、そうムキになんないで。なんでも養殖に成功したとか……んでも
はっきりしたことは知らないわ、あたし」
エリザの言葉にあたしは首を傾げる。
養殖に成功したのならもっとニュースになってあたしたちの耳にも届くはずである。
なによりも養殖できない魚だから幻の珍魚のはずだが……
どーも納得いかん。
ま、やーこしいことは後回し。ともかく食事ね。
あたしも結局はエリザと変わらないような状態に突入したのだった。
……をや?……
ビーフのサワークリーム和えを食べていたあたしはふと顔を上げた。
なんだか殺気のようなものを感じたんだけど……
気のせいかな?
気のせいなわけないけど、こんなとこで殺気ってあるわけないよね。
と、バラバラだった三人が集まっている。
「キラ、戦えるようにしろ。かなりの大人数だ。油断しないように」
いつもより低い声でレイが呟く。
「やっぱり……今の?」
あたしの呟きにカイが口を開く。
「ええ、そうでしょう。けれど大人数とは言ってもぼくたちが苦戦
するような相手じゃありません。城を壊さないようにやってください」
あんたなぁ……あたしをどーゆー眼で見てるのよ。
それよりもなによりもっ、まわりの連中は気づかないわけ? この状態に。
腕の立つ兵士はいないの!? ここには。
と、
「きゃあぁぁぁあっ!」
入り口の方からあがる悲鳴。
げげっ、もー来たか。
早いとこ何とかしないと!
よーし、この際……
「それゆけカイっ!」
べしっ。
今の状況を考えずに転ぶカイ。
「仕方ありませんね。行きましょう」
起きあがると入り口の方へと跳ぶ。
さーて、あたしも……
走ろうとしたその瞬間、あたしの前に立ちふさがる黒ずくめ。
こいつらかっ!?
黒い服に黒いズボン。眼の所だけが開いた黒頭巾を被っている。
これだけの大人数でこの格好。どっかの秘密部隊だろう。
でも、そうだとしたらなぜ?
「パーティー会場に乱入なんて、常識ないわねー」
とりあえず言いながら腰の剣を引き抜く。
しかしそいつはあたしの軽口に答えず呪文を唱え始める。
この韻からして……
「振動弾!(ブレイクボール)」
呪文が解き放たれるのと、あたしがテーブルの下に潜り込むのは同時だった。
ばぎぎぃっ!
耳障りな音と共に砕け散るテーブル。(ああ料理がもったいない)
すかさず破片を黒ずくめの方へ蹴っ飛ばす。
相手もまさかそう来るとは思わなかったらしく、辛うじてよけたものの
バランスを崩す。
そこに突っ込み剣を横薙ぎにする。
その瞬間あたしは、唱えておいた呪文を解き放った。
「雷撃!(ヴォルト)」
びびばしっ
電撃が剣を媒体にして黒ずくめの体を絡め取る。
ふしゅぅうう
マヌけな音をたてて黒ずくめは動かなくなる。
「キラっ! レイがっ」
いつになく焦ったカイの声にあたしが振り向くとレイが戦っている。
なーんか動きがヘンだけど……
「どーしたのっ!? レイっ!」
向かってくる黒ずくめを剣で牽制しつつあたしは叫ぶ。
「制御装置が外れないっ!」
うそぉーーーーっ
「たぶん蝶番が壊れてるんだっ! オリハルコンだから今ここでは壊せないっ」
ええぇぇぇーーっ
「でもあたしたち並の力は出るでしょっ!」
剣で黒ずくめをブチ倒してさらにあたしは叫ぶ。
「当たり前だっ!」
なら今のところは大丈夫よね?
ともかくっ、こっちはやるべきことをやるのみっ!
いくわよっ!
「闇妖波!(ダークウエイブ)」
どおむっ
下腹に響く重い音を残して黒ずくめ二人が消え去る。
ひゅうるっ
風を切り裂く音と共にカイの『蜘蛛の糸』が黒ずくめの動きを止める。
そのまま細い糸が黒ずくめの首を締め上げる。
「……ぐっ……」
苦悶の声を上げた黒ずくめにカイは
「くくっ……苦しいんですか? ぼくが今、楽にしてあげますよ」
などとアブないことを口走りつつ右手を一閃させた。
カイの金属板で黒ずくめの首が落ちる。
ばしゃっ、と返り血がカイの頬を汚した。
「さてと……」
呟くと、カイは流れるように動く。
がんばってるなぁ。
レイ君はいつも通りの力が使えないが黒ずくめ相手ならそれでも十分。
……ま、考えてみれは、こんな人の多いところで魔族だってバレたらまずいし。
「どう? キラ」
エリザがやってくる。
「大丈夫でしょ」
カルく答えたあたしは油断なく辺りを見回す。
警備兵なんかあんまり役に立ってないよ。
ってことはやっぱあたしたちだけか……役に立ちそうなの……
「やぁ…がんばってるじゃん」
エリザの声であたしは自分の考えが間違っていたことを悟った。
「うおおぉぉっ!」
オーガあたりでも怖じ気づきそうな声をあげて暴れているのはあのダルだった。
エリザ曰く『力仕事』のウデをフルに発揮して戦っている。
他の二人も同様。
くっついてくる黒ずくめたちをちぎっては投げちぎっては投げ。
壮観というかなんというか……
ダルは自分のまわりを一掃するとだだだっ、とこっちに走ってくる。
それに続くビート、ガリウス。
「姉御ぉ、ご無事ですかい?」
ダルがエリザに言う。
「あったり前よ。それよりこいつら倒すの手伝ってよ」
「合点で!」
声をハモらせて三人はそう言うと、パワフルな戦いを展開する。
黒ずくめたちを殴り、蹴飛ばし、噛みつき、ブン投げる!
迫力満点。レイやカイのスマートな戦い方とは正反対。
ほかに誰か戦えないかなぁ、などと思って辺りを見回すと……
意外なところに強者がいた。
象牙色のドレスを纏った、領主のアンヌさん、その人だった。
巧みに細剣を使いこなし黒ずくめたちの攻撃をかわす。
あたしたちには及ばないにしても見事な身体さばき。
ほとんど防衛のみだが、何人かの黒ずくめを行動不能にする。
近衛兵の中にも奮闘している者はあって、しばらくの後、
黒ずくめは一人もいなくなったのだった。
「本当に、ありがとうございました」
アンヌさんは深々と礼をする。
「いやぁ……たいしたことじゃないですって」
あの後、集まっていた来賓を帰してから、お茶を出してもらい話を聞いた。
「私には特に恨まれるような心当たりはありませんわ。私の父、先代の領主も
普通の領主でしたから……
この城は新築ですから特に狙われるような物は置いてませんもの……
逆恨み、でしょうか?」
お茶を一口すすって考える。
あれほどの部隊を動かせるのはかなり力がある者のみ。
たとえば魔導士協会とか僧侶連盟とか戦士会とか………
しかしそんなものが黒ずくめをここに送りこむ必要はナシ。(たぶん……)
となると考えられるのが他領主の攻め込み、というやつか………
アンヌさんの性格自体、好戦的ではないため攻め込もうと思う領主がいてもい
いのだが……
しかしこのあたしが『そーんな感じのウ・ワ・サ』ってやつを聞き逃すワケがない。
そしてあたしの耳にそんな噂は聞こえてこない。
…………うーむ…………可能性としては…………
「あの、キラさん?」
かたん、とティーカップを置いてアンヌさんがこっちを向く。
「あの……この城に泊まり込んでいただけないでしょうか……私たちだけでは、
心配ですから。もちろん報酬は出させていただきます……
正式に護衛を依頼したいのですけれど……」
ほほう。そりゃ結構。
「別に急いでいるワケじゃないからあたしは構いませんけど……」
するとエリザがくるっとこちらを向き、
「絶対やるわっ、あたしたちの作った城が壊されたら困るもんっ。黒ずくめ達
が、どこからどーゆー目的で来たのかがハッキリするまでは手を引けないわっ」
言ってぴっ、と中指をあさっての方向に向かっておったてる。
「ぼくも賛成……ですね」
同意を求めるようにカイはレイの方を向く。
「俺は構わない。好きにしろ」
考え事をしているのか眼を瞑ったままレイは答える。
「こーゆーワケですから護衛の仕事、受けます」
「まあ、本当にありがとう。食事と部屋はこちらで用意いたしますわ。
報酬は必要経費プラス───そう、一日で金貨五枚ほどでいかがでしょう?
もちろん一人当たりですから四人で金貨二十枚になりますけれど」
「ええ、構いません。期間はどれぐらい?」
「そうですわね……調べがつくまで、と言いたいところですがキラさんたちに
も予定はおありでしょうから……一ヶ月いてくださればいいですわ」
「一ヶ月ですね。分かりました。報酬のトータルは金貨六百枚になりますね」
あたしの何気ない一言にアンヌさんは少しあせったようだ。
たかだか金貨の百枚や六百枚、ぽーんと気持ちよく払わんかい。
まったく、気が小さいのか臆病なのか……
「で、では今日からよろしくお願いいたしますわ」
「任せてください」
一ヶ月かぁ……
「お部屋へご案内させますわ」
執事さんに促され、あたしたちはその場を去る。
ということで、あたしたちはグラングヤード城の護衛を引き受けたのだった。
*第四章へ*