「うー、おはよー」

 その晩は考えることがいろいろとあってなかなか寝付けなかった。
 そのためすっかり寝坊してしまったのだ。
 ………いーのかなー、こんなんで………

 「ったくー。キラぁ? 初日から寝坊してどーするのよー。ちったぁ
あたしたちのこと、見習ってよね。
  あ、聞いてるのー? ちょっとー、キラってばぁー」

 ………眠ひよぉ………
 食堂にはあたし以外の三人が揃っていた。
 アンヌさんは別のトコで食べているそーだ。

 「キラ、夜ふかしは禁物ですよ」
 「そうだな。いちお、護衛で雇われてるんだから」

 ふ、ふんっ、何よ何よ、みーんなであたしを責めてっ
 しくしくしくっ
 ひどいわっ
 とは思ったもののみんなの言うことはもっともなので何も言い返せない。
 席につくと厨房からパンとハムの香ばしい匂いが漂ってくる。
 やがて執事さんが薄切りハムとクロワッサンを運んでくる。

 「ね、ね、キラ、葡萄ジャムだよ、あれ」

 丸くてカワイイ瓶の中に入っているのはたしかに葡萄ジャム。

 「へぇ……名産品だけあるわねぇ……」

 クロワッサンに挟んで食べると、とっても美味しい。
 飲み物はもち、牛乳。

 「くぅぅっ、やぁっぱ大工の朝は牛乳で決まりだっ。ちきしょうっ、こちとら
江戸っ子でいっ」

 エリザが江戸っ子化してる……

 「エリザ、なにもそこまで……あ、でもおいしーわね。コレ」

 ごきゅごきゅごきゅごきゅ、ぷはーっ
 ん?
 見ればカイが、ご臨終三分前の病人に負けないぐらい、死にそうな顔をしている。
 
 「どーしたの、カイ、気分でも悪いの?」

 食べるスピードも全然遅いし……
 冷や汗流れっぱなしだし………

 「え? いやあの、何でもありませんよ」

 言ってにっこり笑ったカイだったが、とてもひきつった笑顔だ。
 ハッキリ言って見ちゃいらんない。

 「ちょっと、仕事にひびくとまずいから言いなさいよ。どしたの? 風邪?」

 あたしの脅迫まがいの問いかけにカイはうつむいた。
 そして頬を赤く染めながら、

 「あの……ぼく……いやあの……牛乳……ダメなんです……飲めないんです…」

 しーん
 一瞬の沈黙。
 しーん 
 まだ沈黙。
 『ぶぅわあああぁぁっはっはっはっはっはっ!!』
 『あーーはははははははははっ!!』

 あたしとエリザの笑いが重なった。
 あのレイでさえ口元を押さえて肩を震わせている。

 「だからイヤだったんです……こんなコト言うの……」 

 ぎゅっと眉を寄せて眼を瞑って消え入りそうな声で喋るカイはいつもと違って
ただの男の子。
 でもさ、昨日の名ゼリフ『くくっ、苦しいんですか?……』のイメージとは
全然違わない?(あたしってば誰に話してんだろ)

 「あははっ、でもカイ牛乳飲めなかったんだぁ、あははははっ」

 エリザが目じりの涙を拭きながら、まだ笑っている。

 「でもお前、俺にそんなこと言ってなかったじゃないか」

 レイが頬杖をついて聞いた。

 「……だって……ぼく……あの……」

 きゃーっ。かっわいー。  けれどカイのほうは『きゃー。かっわいー』どころではなかったらしく
膝に置いた拳がふるふる震えている。

 「まあ、牛乳飲めないんじゃ仕方ないわね。すいませーん、香茶くださーい」

 あたしは大声で厨房に呼びかける。
 するとあたふたと執事さんが飛び出してきた。

 「すみませんです、ハイ。ただいま香茶をきらしておりまして。買い付けに
いっていますので、明日の夜にはお届けできるのですが。誠にすみませんです」

 執事さんが厨房へ戻っていった後。

 「カイ、仕方ないわ。今日のところは牛乳で我慢なさい」
 「そーよ。明日には香茶、届くんだから」
 「諦めろ。コレも運命だ」

 口々に慰めるあたしたち。
 けれど三人ともしっかり笑っていた。
 当のカイ君はというと、ただひたすら牛乳を見ないようにしていた。




 「来ないわねー」

 城の見取り図をいちお、頭に入れたあたしたちはぶらぶらと、散歩していた。

 「来ませんねー」

 中庭は芝生が青く、フィブランの花が咲いていて、さらに噴水まであるという
ゴーカさ。
 で、何が『来ない』かというと、ずばり、あの黒ずくめたちである。
 これじゃ、護衛にも何にもなりゃしない。

 「あったかいねー」

 空は芝生に負けないほど青く、澄み切っている。

 「あったかいですねー」

 さっきからあたしとカイの声しかしないのは、二グループに分かれて城の中を
『巡回』しているからである。
 余談だがグループは『ぐーぱー』で決めた。
 フィブランの花の匂いが風に乗って運ばれてくる。

 「ほーんと、気持ちいーわねー」   

 お日様ってあったかい。

 「気持ちいーですねー」

 …………………………

 「ねえ、カイ」
 「何ですか?」
 「さっきからあなた、あたしの言ってること反復してない?」
 「ええ。してますけどそれが何か?」
 「いや……何でもない」

 巡回とはいってもただ歩いてるだけだもんねぇー。
 刺激、というかやたらめったら黒ずくめが来ても困るけど、全然こないのもイ
ヤだわ。
 と、

 「うっ……」

 次の瞬間、あたしは思わず呻いた。
 目の前が緑色になって体から力が抜ける。
 頭の芯が痛い。
 いや、ただの立ちくらみである。
 時々なるのだ。急に立ったわけではないのに。
 ぺたん、と地面に膝を着いて座り込む。

 「大丈夫ですか?」

 あたしの顔を覗き込むようにしてカイが訊く。

 「大、丈夫っ……だと思う」

 立ちくらみのくせに、みょーに頭が痛い。  右手で右目から額にかけてを押さえながら、一言、そう言った。
 あたしの返事にカイはしばし、眉を寄せていたが、

 「キラ、じっとしててください」

 と言った。
 ?どーしてじっとしてなきゃいけないんだろ?
 カイがあたしの正面に座り込んだ。
 瞬間、あたしはカイの唇が、あたしの額に触れたのを感じた。
 ほんの一瞬……………
 ってぇ………
 唇が、触れた?
 ……………………………………………………………………………………………
 うそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!?
 こっ、これって、キスっ、キスっ、キスぅ!?
 なんでなんでなんでなんで!?
 何でカイがあたしにキスするのっ!?
 一体、どーゆーことなのっ!?
 いま世界では何が起こってるのっ!?
 山一証券が倒産したのはなぜっ!?
 あたしはどこにいるのーーーーーーっ!?
 「行きましょう」
 ふと顔を上げるとカイがへーぜんと立っている。

 「え? ………うん」

 よろっとよろけながらあたしは立ち上がる。

 「レイやエリザが退屈しているでしょうからね」

 すたすたと歩いていくカイの後ろ姿をあたしはゆっくり追っていく。
 何?
 何なんだ、お前は
 さっきのは、幻だったのか?
 お前は一体何を考えてる?




 あたしはその後、ずーっと上の空で、食事も会話もマトモに成り立って
いないという状況に陥っていた。
 例えばこうだ。

 エリザ:(魚を食べながら)ねー、キラ、黒ずくめ来なかったねー。
  あたし:(テーブルをナイフで切って)次はー、新宿ー、新宿ー。

 そりゃそーだ。
 確かにあたしは見た目にも美少女だし、頭もいい。(笑うな)
 けど、カイがあたしに気があるなんて話、ついぞ聞いたことがない。
 ともかく、カイのドあほうを脅すなり、シメるなりして真実を吐かせなきゃ。
 あたしはそう思い立ち、夕食後、カイの部屋を訪れた。

 「カイー? 起きてるー?」

 何気ない風を装って声をかける。

 「起きてますよ」

 中から返事が聞こえてきた。
 よし、行くぞっ。
 がちゃっ、とドアを開けるとカイはベッドに腰掛けていた。

 「何か用ですか?」
 「んー、ちょっとね」

 言いながら後ろ手にドアを閉める。
 カイと向かい合う形であたしはイスに座る。

 「単刀直入に訊かせてもらうわ。昼間のあれは何だったの?」

 しーーーん

 「カイ?」

 しーーーん

 「ちょっと、カイ?」
 「昼間のあれって………」

 どきどきどきどき

 「何です?」

 どごしゃああぁぁぁっ!
 あたしはイスごとひっくりこけた。

 「……派手な、リアクションですね」
 「やりくてやったワケじゃないわよ」

 あたしは再度イスに座る。

 「昼間のあれよ。中庭で……」

 ポン、とカイが手を打つ。

 「ぼくがあなたの言葉を反復したことですね!?」

 ずごしゃあぁぁぁぁぁぁっ!  
さらにひっくりこけた。

 「……すごい、リアクションですね」

 呆れ顔のカイを横目で見ながらあたしは立ち上がる。
 くっそーっ、このやろっ。

 「んなことじゃないっつーの」
 「なら……」

 思案顔のカイ。

 「何かしましたか? ぼく?」

 ……何かしましたかって……
 ええい! 言ってやるっっ!!

 「…あなた、あたしにキスしなかった?」
 「ああ、そのことですか」

 やっと思い出したか。
 忘れるようなコトじゃねーだろ。少なくてもあたしにとっちゃ。

 「あれはぼくがママンから教わった『立ちくらみを治す方法』ですよ」
 「立ちくらみを治す方法?」

 オウム返しにあたしは訊く。

 「ええ。ぼくが立ちくらみをおこすとママンがやってくれたんです。
  てっきりキラも知っているとばかり思ったんですけど………驚きましたか?」

 なーんだ。
 ………ちょっと残念………いや、何でもない。

 「ま、フツーは驚くわよ」

 ぱたぱたと埃を払いながら立ち上がるあたし。

 「へぇ……カイってお母さんっ子なんだね…………しいて言えばマザコン」
 「ぼくはマザコンじゃありませんって。でもママンが好きなことは事実です」

 なんか今日はカイのいろんな一面が見えて楽しい。
 『カイ』っていう人物像がパズルみたいにあたしの中でできていく。

 「さてと、子供は寝る時間です、キラ」
 「あ、あたしのことコドモ扱いしたわね」
 「そうじゃありません」
 「どうなのよ」

 カイはにっこり笑って枕を抱いた。    

「ぼくはまだ十三歳です。おやすみなさい、キラ」

 あたしはドアを開ける。

 「おやすみ、十三歳の坊や」

 言った瞬間、急いでドアを閉める。
 続いてドアに枕がぶつかった音。
 ふーっ、危ない危ない。
 カイってみょーなトコでプライド高いから……
 あたしはとりとめのないことを考えつつ部屋に戻った。




 三十二回目の寝返りをうったあたし。
 眠れない、疲れてるのに、目が開くわ。
 ……あ、一句できた……
 不眠症……なわきゃないか……
 フツーの人間ならばとっくに夢の中を彷徨ってる時間である。
 なんなのよ、一体。
 羊も数えたし、眼を瞑ってずーっと動かないでもいたし……
 あるいは……胸騒ぎ?
 あの首飾りをつけて、肩当てもつけて、腰に剣を装着!
 一晩中眠れないときは、一晩中起きていればいい。
 我が敬愛するお母様の教えである。
 無論、根拠はある。
 と─────
 閉めていた鍵がピンっ、と開く。
 ……やっぱり、こーゆー展開か……
 あたしが移動する、と同時にドアがばたむっ、と開く。
 ドアを開いたのはやはりあの時の黒ずくめ。
 その手には、輝く火球、火炎弾が灯っていた。
 なるほどっ、寝込みを襲って火炎弾で焼き殺す気かっ!
 しかし、あたしが起きていればそうは問屋が下ろさない!

 「火炎……」

 刺客の口が言葉を紡ぎかけたその瞬間、

 「凍結弾!(フリーズボール)」

 あたしの早口が呪力を解放した。
 ぴぎっ!
 刺客の体は瞬時に凍りつく。
 アンヌさんの護衛&みんなの援護に急がなきゃ。
 氷漬けの刺客を避けてあたしは廊下に出た。
 薄暗くイマイチ見通しがきかない。

 「きしゃあああぁぁぁっ!」

 獣の気合いはその薄暗がりから発せられた。
 とんっ、と斜めに軽く飛んで最初の一撃をかわす。
 どうやらこの刺客、外に出てきたあたしたちを攻撃するためにいたらしい。
 あたしたちじゃ相手が悪いと思うけどね。
 右手に大きな“爪”を付けている。
 姿は他の黒ずくめと同じ、黒服に黒ズボンに黒頭巾。

 「きえぇぇぇぇっ!」

 気合いと共に繰り出された第二撃を剣で受け止める。
 が、力では相手の方が勝っている。
 あたしは剣の角度を僅かに変えた。
 相手の爪が滑り、流れた所にケリを入れる。
 バランスを崩す黒ずくめ。

 「闇妖波!」

 そこにあたしの術が炸裂する。
 黒ずくめ自身は消え去り、後には服と、爪が残るだけ。
 これは“闇の中の闇”(ダークオブダーク)の黒魔法で、命ある者を無に還す術である。従って、命 ない物には全く影響がない。

 「さてと」

 あたしは手近にあった部屋、エリザの部屋のドアをノックもせずに開く。 
 その中には完全装備のエリザと倒れてノビている黒ずくめ一人。

 「あーキラ、こいつ、こないだの黒ずくめよね」
 「そーみたい。ともかくレイとカイ拾いに行かなきゃあね」
 「OK!」

 その途端、開け放してあった入り口からひょこっとカイとレイの顔が覗いた。

 「あ、レイカイ、状況理解できてる?」

 あたしは入り口に歩み寄る。

 「ええ、この前の黒ずくめ軍団再び、といったところでしょう」

 カイは肩をすくめる。

 「それより、誰を拾いに行くって?」

 レイの怒気をはらんだ声。
 う、聞こえてた……レイって異常にプライド高いから………

 「い、今はそんなこと気にしてる場合じゃないわ。アンヌさんと合流しなきゃ」

 必死でごまかしつつ部屋から出る。
 さっきも述べたように廊下が薄暗いため見通しがきかない。
 こおいうときは……

 「明かり!」

 抜きはなった剣の切っ先がほの白く輝く。

 「さっ、行きましょっ!」

 あたしたちは小走りに走り出した。
 あちらこちらで鋼がぶつかる音、つまり刃が触れ合う音が聞こえる。
 警備兵君たち、がんばってくれよー。
 君たちは今日のためにいたんだー。(嘘)

 「そーだわ、レイ、制御装置外れた?」
 「いや、外れなかった」
 「どーすんのよ、ソレ。戦わなきゃいけないのよ、この先」
 「心配するな、並以上には戦える」
 「えー。でも……」

 あたしが不満の声をあげかけた途端、

 「散れっ!」

 レイの声が鋭く響いた。
 とっさに左に跳ぶ。
 ついさっきまであたしがいた空間を、投げナイフか何かが切り裂いていった。
 レイに感謝。
 明かりをつけたせいで相手から見つかりやすくなったか。
 ゆらぁり、と姿を現す黒ずくめ。

 「手合わせ願おう。俺の名前はディオスだ」

 ややくぐもった声でディオスは言った。

 「ふぅん、対戦相手に名前が言えるとは余裕あるわね」

 あたしは喋りながらディオスに少し違和感を感じた。
 見た目はいたって普通の黒ずくめなのだが……

 「では、行くぞっ」

 ディオスが床を蹴る。
 速いっ!
 あたしもスピードでは他人に負けないつもりだが、こいつはあたしよりも速い。
 ………スピードではあちらが有利。
 となれば技で勝負をかける。
 ディオスは突然進路を変え、標的をあたしからカイに移す。
 よし。今のうちに呪文唱えちゃおう。
 ディオスは袖の下から爪、いや大爪を取り出す。
 両手にそれを構え、一気に突っ込む。
 カイはそれを空中に跳んでかわす。
 それに追いすがるようにディオスは体をひねり、伸び上がるように手を伸ばす。

 「蒼光烈砲!(ブラムライトキャノン)」

 と、後ろからレイが術をぶちかます。
 ディオスの体は声をあげる間もなく蒼い光に飲み込まれる!
    やった!
 あたしがそう確信した瞬間、蒼い光が砕け散った!

 「何なのっ!」

 エリザが声をあげる。
 防御呪文を唱えていた気配もないし……
 蒼光烈砲を防御なしで打ち破れるわけがない。
 なぜ?
 あたしは次の呪文を唱えつつ、そのことに考えを巡らした。
 もしかしてっ!?

 「合成獣(キメラ)……」

 あたしは一つの可能性を口にした。
 合成獣とは種類の違う複数の生き物を掛け合わせて造るものである。
 当然、耐魔能力の強い物をくっつければそれだけ魔法に対する防御力が上がる。
 その結果防御なしで術が打ち破れたりするのだが……
 人間を合成獣にするなどとゆーことはよっぽど無謀な奴か阿呆しかやらないことだ。
 どーやらディオス君、自分でなったワケじゃなさそうね……… 
   考えのない雇い主かな……

 「合成獣ですか……こんな狭い所ではやりにくいですね……」

 カイが小さく呟いた。
 合成獣相手にするならば、当然強い術が必要で、つまりは広いところがやりや
すいのだ。

 「いったん逃げよーか?」

 エリザがこれまた小さく呟く。

 「そうね、ホールか何かに行きましょ」

 あたしはくるりときびすを返し、そのまま全力ダッシュ。
 後に続く三人。
 プラス追ってくる一人。
 途中、ぱらぱらと現れる黒ずくめを剣で倒しつつ、ホールへと向かう。
 視界が開けた。

 「みんなっ! 反撃よっ!」

 あたしの声に、術を解放したのはカイ。

 「水魔氷河陣!(ディーネブレス)」

 さしものディオスもこれは破れなかったらしく凍りつき、砕け散る。
 と、ここまでは良かったのだが、あたしたちのいるホールを囲む形で
黒ずくめたちが二十人ほど現れる。

 「なるほど。誘き出し、と言うわけですね」

 苦い口調で呟くカイ。

 「さっきのディオスって奴が合成獣だったんだから、この中にもいるでしょー
ね。合成獣や、デーモンが」
 「デーモン?」

 エリザが聞き返す。

 「そ、人間に魔族を憑依させた奴。合成獣より能力も高いし、耐魔能力も優れ
てる。合成獣造るよーなやつがデーモン造らないワケないじゃん」

 ふむふむと頷くエリザの額には冷や汗が浮かんでいる。

 「よーし、やってやろーじゃないのっ!」

 あたしの声で戦いの火ぶたが切られた。




 四人は思い思いに跳ぶ。
 カイの金属板が唸りをあげ、黒ずくめを切り裂く。

 「風魔雷撃陣!(ジンブラス)」

 エリザの解放した跳ね回る雷撃の舌に舐められ、一人の黒ずくめが、ケシ炭と化す。
     剣を携えて、こちらに疾る黒ずくめ!
 ぎりっ!
 あたしの剣と、黒ずくめの剣が擦れ、耳障りな音をたてる。
 剣の腕は五分と五分、ならば……
 いったん剣を放し、唱えていた術を解き放つ!

 「闇妖波!」

 だむっ!
 重い音と共に黒ずくめが消え去る。  

 「火魔火炎砲!(フリートフレイム)」

 エリザの声が響く。
 炎の帯がエリザのかざした手から真っ直ぐに伸び、黒ずくめ二人を貫く。
 が、勢いを残していた火炎はそのまま斜めに伸びて地面、いや床にぶち当たる!
 どっごーん!
 当然のことだが床には大穴が開いた。
 あちゃーっ

 「どーすんのよっ、城壊しちゃダメって言われたじゃないっ!」

 くるっ、と向き直り額に青筋を浮かべて怒るあたし。

 「ひーん、ごめーん。許してー」
 「ドあほう! ぶりっこしてる場合かっちゅーのっ」

 するとエリザは突然シリアスな顔をする。

 「キラ、アンヌさんは?」

 アンヌ……さん?……

 「あーーーーっ! どーしよーっ! 忘れてたーっ!」

 しまった、黒ずくめやディオスのコトで頭一杯だったからつい……
 最初は覚えてたのに………

 「ともかく、こいつらを倒してからだっ!」

 レイの声であたしはひとまず落ち着いた。
 仮にこいつらを振り切って逃げられたとしても、とーぜんこいつらは追ってく
るわけで、たとえアンヌさんを保護できても場所が狭くなる可能性がある分、不
利なのだ。
 というわけでここにいる敵を倒してからだ。
 コロされないでね、アンヌさん。
 しゅっ!
 飛んできたナイフを軽いステップでかわす。
 と─────
 「なっ……」

 体が動かない。
 影縛呪(シャドウ)か!?
 影縛呪とは相手の影にナイフか何かを突き立て、それを媒体にして精神面から
動きを封じる、いわば催眠術の一種である。
 追記、影が消えるか、ナイフを抜けば動けるようになる。

 「明かり!」

 横合いからレイの呪文が放たれ、あたしの影を消す。 
 影の消えた一瞬に、あたしは場所移動する。

 「多謝」

 レイに親指を立てて、そう言う。
 その間にもエリザ&カイのコンビが息のあった連係プレーで敵を倒していく。
 びゅっ!
 あたしの頬を何かがかすめていった。
 手裏剣かっ!
 何だか古風な……
 しかし、床に突き立ったそれはぬらり、とした光を放つ。

 「毒塗りです! 気をつけてください!」
 カイの声が聞こえる。  上を見上げれば、術で宙に浮かんだ黒ずくめが三人。
 あたしたちの方に向かって投げられた手裏剣は硬い音をたて、床に突き刺さる。
 と、あたしの走るコースを読んで投げられた手裏剣!
 まずいっ! かわせないっ!
 と、その時、
 ずごしゃあああっ!
 とーとつに、足元が崩れた。
 エリザが開けた穴にあたしは落ちてしまったのだ。
 思いっきりしりもちをついてしまったが、手裏剣はかわせたようだ。
 「痛ーてててて……ん?」

 眼を開けてみるとそこは地下室だった。
 と、まあここまでは普通なのだが……

 「何なの……コレ……」

 あたしは思わず声を出した。
 あたしを追うように飛び降りた三人も絶句している。
 そこは、普通の地下室ではなかった。
 金属的に明るい、無機質な部屋。
 ホールと同じぐらい広いその部屋には、大小さまざまなクリスタルケース、い
や、クリスタルの筒が立ち並んでいた。
 その筒の中には、合成獣───いろいろなタイプの───が静かに眠っていた。
 通称“命の水”、培養液の中で、体を丸めて。
 獣型、鳥型、竜型、そして、人間型。

 「キラっ! 後ろっ!」

 呆然としていたあたしは後ろに現れた気配に気づかなかったのだ。
 振り向く間を惜しんで、いきなり前転!
 同時に頭の上を過ぎていく気配。
 どうやら黒ずくめがあたしにぶちかましをかけようとしたらしい。
 ぼてっ、とぶざまに着地する黒ずくめ。

 「精閃矢!(スピリッツアロー)」

 そこにあたしの術が炸裂!
 動かなくなる黒ずくめ。

 「みんなっ! さっさと倒しましょ!」

 あたしの声で思い思いの術を天井に開いた穴に打ち込む三人だった。




 その後の黒ずくめ軍団は比較的、モロかった。

 「さて、これは、どういうコトだ?」

 レイはあちこちに散乱する黒ずくめの死体を眺め回しながらそう言った。

 「そんなこと言われても……」

 反対に眼をそらしながらあたしは答えを返す。

 「しかし、これだけの合成獣を他人が運び込むワケがありません。
  やはり、領主、でしょうね」

 カイは腕組みしてぽつり、と言う。

 「じゃ、今までの騒ぎはみんなアンヌ……さん……なの?」

 いつになく小さな声でエリザ。

 「でしょーね。だって新築した城にこれだけの物があるんだもの……他人じゃないわ」
 「しかし、俺たちを雇ったってことは、いずれにせよ始末しるつもりだったんだな」
 「でも、キラ、アンヌさんって決まったワケじゃ……」

 あたしは周りをぐるっと見回してタメ息をついた。

 「証拠はあそこにあるわ……幻の珍魚、サングラが……ね……」

 そう、クリスタルケースのいくつかにはサングラが泳いでいた。
 そして、体の造りから言って、本物ではなく、合成獣のサングラ。
 もしもアンヌさんじゃないのなら、なぜ新築パーティーにサングラが出たか?
 偶然なわけない。
 恐らく、加工して裏ルートにでも流していたのだろう。
 ………あんなもん食ったとわ…………
 つまり、アンヌさんなのだ。

 「なるほど、養殖に成功した……というのはあながち嘘じゃなかったわけです」
 「アンヌさんを捜してシメるしかないわね」

 はふぅ……
 四人とも重いタメ息をつく。

 「で、どこにいると思いますか?」
 「たぶん、地下室でしょうね。黒ずくめ送って来た奴が、部屋で安眠こいてる
ってことはないから……
  この地下室、極秘モノだろーから、隠れ家か何かあるはずよ」

 広い、広い地下室をあたしたちは進んでいった。
 ひょっとして、城より広いんじゃなかろーか……
 そんな考えがふと頭をよぎる。
 クリスタルケースの中には吐き気を催すようなものも入っていて、その度に気
分が悪くなったのはあたしだけじゃないはずだ。
 途中、なぜかクリスタルケースが割れ、合成獣が数匹這い出して来ることもあ
ったが、それを倒しながら進んでいくことしばし。
 行く手に扉が一つ。
 無機質な地下室にそぐわない、美しい扉だ。

 「開けるわよ……」

 三人が頷くのを見届けてあたしは扉に手を掛け、ゆっくりと開く。

 「!?」

 とたんに鼻をつく血臭。
 部屋の中を覗いたあたしは、思わず卒倒してしまうところだった。
 部屋の中は、バーの造りと似ていた。
 広さは普通なバーの比ではないが。
 カウンターと、その向こうに並ぶお酒の数々。
 部屋全体が黒い素材で造られているため、シックな雰囲気をかもしだしていた。
 しかし、その部屋を彩るのは、血と、うめき声。
 体を切断された人間があたりに転がり、蠢いている。
 流れ出る血は、床を朱に染め、耐え難い匂いを放っていた。
 カウンターに並べられたグラスには、真っ赤な血液が注がれている。
 そして、そのカウンターの前に腰掛けていた人物こそ─────
アンヌ=ルクス=グラングヤード、その人だった。



*第五章へ*