その頃――
 執政院のとある一室にて、先程儀礼殿でセレスと話をしていた眼鏡の男と、その後輩である若い男が会話を交わしていた。
「そういえば、先程のセレスティアさんのお仲間――誰を斡旋するのかもう決めたんですか?」
「ああ」
 眼鏡の男が若い男に一枚の紙を手渡す。それを見た瞬間、若い男の顔が露骨に引きつった。
「あの……先輩? いくらなんでもこれってあんまりなんじゃ……」
「何があんまりなんだ?」
「だって、その……うちから派遣するネーベルさんはいいとして、あとの二人、これ筋金入りの札付きですよね? どこに行っても問題起こすから手に余ってるっていう」
「その通りだがそれがどうした?」
 平然と告げる眼鏡の男に、若い男は思わず声を荒げる。
「これってちょっとあんまりじゃないんですか? いくら彼女が田舎育ちで何もわかってなさそうだからって、ここぞとばかりに札付きを二人も押し付けるなんて、厄介払いにしてもえげつなさすぎですよ。せめてどっちか片方だけでも換えましょうよ!」
「厄介払いとは心外だな」
 眼鏡の男は眼鏡を直すと、椅子に深く腰掛けて姿勢を正した。
「いいか? 彼らは確かに扱いにくい存在だ。だが世の中には適材適所という言葉があってだな、私は彼女にならこの二人を御すことができるのではないかと期待しているのだ」
「はぁ……」
「彼女をあまりなめるな。私の説明もなんだかんだ言って一度言っただけで理解していたし、それにああいう型にはまらないタイプにこそあの二人はぴったりだとは思わんかね? 彼女ならきっと受け入れてくれるに違いない。もう一度言うぞ、私は期待しているのだよ」
 眼鏡の男がそう言い切ると、若い男は大きくため息をついた。
「わかりましたよ。確かにある意味、彼女とあの二人は近いところがありますからね。でも――」
 しかしこれだけは譲れない、とばかりに若い男はきっぱりと告げる。
「どちらにしても厄介払いですよね?」
 否定の返事はなかった。

 *

 それは、夢でも見ているかのような光景だった。
 謁見の間という異空間の中で、着飾った貴族やら将軍やらといった王国の重鎮たちに囲まれ、国王自らの手で紋章を授与されたのだ。その瞬間、全ての視線が自分一人にに集中していた――あたかも世界の全てが自分に注目しているかのようだった。ついこの間まで、ただの辺境の村娘に過ぎなかった自分に、である。終わってみて振り返っても、全く実感というものが湧いてこない。
 実際には数時間前の出来事なのに、数分前のようにも、十年以上前のようにも感じる。それどころか、現実ですらない夢や空想のようにすら感じる。
 だが、胸元で輝く勇者の紋章が刻まれたブローチこそが、あれが夢ではなく現実の出来事だったことを証明している。透き通った深い緑色の石でできたブローチには、円の中に七茫星が入った形の紋様が描かれており、手で囲って外部の光を遮ってやると、その紋様の部分だけが薄ぼんやりと緑色に光っているのがよくわかる。
 あの叙任式の後でヴァルトに受けた説明によると、この紋章は自らが『勇者』であるという身分証明の役割と同時に、身につけることによってセレスが元来秘めている力を共鳴して呼び起こし、武器を介してその力を解放する、という機能を持っているらしい。
 結論から言うと、セレスがこの紋章を身につけた状態で、手に持った武器で魔獣や魔族を直接傷つけると、その傷に対しては彼らの持つ再生能力が働かず、致命傷を与えればそれはそのまま死に至る、ということである。そのためには武器に触れているかそれに近い状態にある必要があり、つまり弓矢や爆弾などの飛び道具では効果が著しく薄れるという。

 様々な説明を受けた後、ここまで世話をしてくれたヴァルトに別れを告げ――「近いうちにまた会う機会もあるだろう」と彼は言っていた――セレスは一人、王宮を出て堀の橋を渡ったところにある外門の前で、ある人物を待っていた。
 ここから先の案内をするために、王宮から派遣された男が一人、セレスと行動を共にするという。ヴァルトのような高位の役人ではなく、階位も八等官くらいの下っ端であるから、今後存分にこき使っていいと告げられていた。眼鏡の男が言っていた一つ目の支援策、すなわち人材派遣というのがこれのことなのだろう。
 セレスは鼻歌を歌いながらその男を待ち続ける。門の前を通る者がちらちらと振り向いてくるが、ほとんどはそのまま気にせず通り過ぎてしまう。時々、胸の紋章に気付いて声を上げる者もいるが、それだけである。
 叙任式で身につけていた儀礼服でも着ていれば目だって人だかりでもできたかもしれないが、あの服は王宮の貸し倉庫に預けてあり、次にあのような機会があるまでそのまま眠らせておく予定である。そんなわけで今のセレスの格好は、村にいた頃とほとんど変わらない、上半身は袖なしの白いシャツに、下はポケットのたくさんついた半ズボン、そして足元は膝上まである頑丈な革ブーツといった姿である。季節が初夏ということもあり、旅装として見ればそれほど浮いているといった雰囲気もない――さすがに王都のど真ん中、しかも王宮の目の前に立っている服装としては多少場違いのようではあるが。
「仲間、か……どんな人が来るんだろう」
 セレスがそう呟いた瞬間、背後から何やらこちらに向かってくる物音が響き渡る。
 思わずセレスが振り向くと、そこには立派な黒塗りの馬車があった。それはセレスの目の前で動きを止め、御者台から一人の青年が降り立った。
 青年というか、少年のようにも見える――真っ白なシャツの上に漆黒のタキシード、おまけに黒の蝶ネクタイまで身につけるという格好で現れたその男は、セレスの前で深々と頭を下げる。そして、一分の隙もない完璧な仕草でセレスに向かい合う。
「大変お待たせいたしました。今後、セレスティア様の身の回りのお世話と、そして馬車の扱いを担当させて頂きますネーベルと申します」
「え、えっと、セレスティアです、今後もどうぞよろし――」
 釣られて頭を下げようとするセレスの言葉を、ネーベルと名乗った青年は慌てたように遮る。
「おっと! あなたはわたくしにとって主となられる方です。どうかかしこまらず、気楽に接して下さい」
「えっと、それじゃ……これからよろしくね」
 セレスが右手を差し伸べると、ネーベルはその手を恭しく取り、膝を地面に着き――そしてなんと、その手の甲に軽く口付けをした。
「はうっ……!」
 いきなりのことに思わず変な声を上げてしまったが――これは単に親愛の情を表す礼儀上の作法の一つである、という学院で習った知識を思い出し、高鳴る心臓をなんとか落ち着かせる。
「えっと、そのさ、ネーベル……だっけ? あなたもできればもうちょっと、気楽に接してくれるとありがたいんだけど」
「申し訳ございません、わたくしの場合はこれが地なのです。セレスティア様にはご不便をおかけしますが、慣れていただければ幸いです」
「うん……努力する」
 セレスは改めてネーベルの姿を見つめる。
 背はセレスよりは高いものの、男性としてはそれほど高いわけではない。柔らかい亜麻色の髪と同じ色の瞳、肌は色白で、よく見るとかなりの美少年というか美青年である。年齢は二十歳に行くか行かないかといったところに見える。
 その爽やかな雰囲気と人当たりの柔らかさには好感が持てるものの、その表情は何を考えているかわからないところがあり、何とも掴み所のない、というのがセレスのネーベルに対する第一印象だった。
「さて、確かセレスティア様は、王宮の人材斡旋サービスに申し込まれていましたね――ちなみにわたくしは自分の身くらいなら守れますが、なにぶん専門家ではありませんので、戦力としてはあまり期待して頂かない方がよろしいかと思います」
「なんか代理でいろいろ探して契約までしてくれるんだよね? あたし全然そういうのわかんないから、任せちゃったほうがいいかなと思ってお願いしたんだけど」
「そのことなのですが……今回あなたの担当をされた方なのですが、ちょっと独特の選定をなさるというか、いろいろといわくのある方で仲間内ではビックリメガネなどと呼ばれておりまして……今回は一体どんな人選をなさったのかと気が気ではないのです。既に二名の方の手配が終わり、セレスティア様をお待ち申し上げているはずですが……」
「えっ、もう待ってるの? あんまり待たせちゃ悪いから早く行こうよ」
「かしこまりました」
 セレスが馬車に乗り込んだのを確認してから、ネーベルは自らも御者台に乗り込むと、手綱を取って馬車を走らせた。


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