小さな円卓を挟んで、眼鏡の男とセレスのやり取りが続く。
 そこでセレスは書類を見せられながら様々な説明を受けた。しかしその書類はいかにも役所風の、しかもかなり昔に作られたものらしく古風漂う文章で書かれており、ついこの間字を覚えたばかりのセレスにとっては読んでいるだけで頭が痛くなってくるような代物だった。
 それでもセレスは説明を受けながら、なんとかその内容を理解していく。勇者という存在の王国における法的な立場、果たすべき義務とそれに伴う権限、最低限務めなければならない任期、引退の際の手続き――
 任務は王国各地に存在する管理局の支部で受けられること、そして任務を達成すると報酬が支払われ、また功績が記録されること。勇者にはその功績に応じてランクが存在し、それは紋章の色で示されるという。最初は緑、それから功績を積むにしたがって青、赤、銅、銀、金、黒、虹と上がっていき、それに伴って受けられる任務の種類が変わってくるのだ。
「一通りの説明は以上です。ところでセレスティアさん、旅の道連れとなる随行員のあてはおありですか?」
「随行員? つまり一緒に旅する仲間ってこと?」
「その通りです」
 そこに後ろで見ていたヴァルトが口を挟む。
「彼女はこれまでデルニエの村で暮らしていたのだ。王都に出てくるのも初めてで顔見知りも血縁も存在しない。あてなどあるはずがないだろう」
「これは失敬――しかし、村育ちと聞いてはいましたがまさかデルニエの村とは――いやはや」
 眼鏡の男は感じ入ったようにセレスを見つめる。
「そういうわけだから、仲間の心当たりとか全然ないよ。でもさすがに一人じゃ心細いなぁ」
「――歴史上、単独で活躍した勇者というのが皆無というわけではありませんが、まず一般的ではありません。しかし勇者となりたての時点では人脈もなく、一人で仲間を探すのが難しいという例はそれこそ珍しくありません。そこで」
 一度言葉を区切ってから、彼は新たな書類をテーブルの上に取り出した。
「我々管理局では三つの支援策を講じています。一つは人材派遣、すなわち旅の手助けを行う要員を一名貸し出すというものです。二つ目は馬車の貸し出し――仲間と共に広範囲に行動を起こすためには必須の道具です。先程の派遣要員が御者を兼ねることもできます。以上の二点につきましては、特別な理由がない限り全ての勇者に対して、無償で自動的に行われることになります」
「三つ目は?」
「三つ目はオプションです。仲間を自力で探すのが難しい方のために、我々の方で随行員候補の選定から契約までを代行するサービスです。こちらも代行自体は無償ですが、基本的に人選は我々に一任していただく形になり、そちらの都合でキャンセルされる場合は別途違約金を――」
 その時、ふと何者かがひそひそと囁く声が届いてきた。
「……田舎者……聞いて……」
「……イメージ……全然……」
「……十年に……違いない……」
「……興奮……我慢……」
 セレスが恐る恐る振り向くと、いつの間に沸いて出たのか、侍女服に身を包んだ十数名ほどの女性の集団が、少しはなれたところからちらちらとこちらを窺っている。そのうちの一人と目が合った瞬間「キャッ」といった悲鳴にも近い声が漏れる。
「あのー、何かあたしに?」
 そう声をかけた瞬間、侍女達の動きがぴたりと止まる。同時にセレスの後ろに控えていたヴァルトが足音を忍ばせて少しずつ離れていく。眼鏡の男もゆっくり席を立つと、慎重にテーブルから距離を取った。
「これは……」
「久々に……」
「いじりがいが……」
「ありそうね……!」
 一瞬にして陣形が構築される。気付くとセレスの周囲を侍女達が二重に取り囲み、もはやどこにも逃げ場は残されていなかった。
「えっ、ちょっと何どうしたの!」
 戸惑うセレスの体を侍女達が掴み、半ば持ち上げるようにして奥の部屋へと連行していく。
 いち早く避難していた眼鏡の男が、連れ去られていくセレスに向かって叫ぶ。
「セレスティアさーん、随行員の契約代行の方はどうしますかー!」
「あ、それなら全部任せるからうわくすぐったい変なところ触らないでやめてあひゃひゃ」
 それだけ言い残し、セレスは大勢の侍女達と共に姿を消した。

 連れ込まれた先は同じ儀礼殿の中にある、しかしそれほど大きくない一室だった。
 落ち着いた雰囲気の調度品に囲まれ、ソファーなども置かれたその部屋はおそらく控え室のようなものなのだろうが――
 そんな部屋の中央に立たされたセレスは、鬼気迫る勢いで動き回る侍女達の手によって、文字通りなすがままにされていた。
「うーん意外と足長いのねー、結構筋肉ついてるみたいだけどそんなに太く見えなかったのはそのせいかしら?」
「あっ、ちょっと腕上げたまま動かないでじっとしてて。えっと、はいオッケー今度は左側〜」
 メジャーを持った侍女達がセレスの体のサイズを測ると同時に、別の侍女がそれを記録し、さらに別の侍女がその紙を奥の部屋に持って行く。
「あのー、これは一体何を?」
 セレスの問いに、ウエストのあたりを測っていた侍女が答える。
「決まってるじゃないですか。叙任式のための衣装を作るんですよ。うーんいい感じに締まってるわぁ……この縦線が……はぁはぁ」
 なるほど、とセレスは納得する。確かにいつものシャツ姿で国王の前に出て叙任を受けるなど論外だ、ということくらいは想像が付く。しかし解せないのは――
「なんか皆さん、異常に気合入ってるみたいだけど……息上がってる人とかいるし」
「そりゃそうですよ。何たって女性の勇者さんが叙任されるのなんて十数年ぶりなんですもの!」
「女性の騎士さんなら何年か前に一人いたけど……正直あの方は、ねぇ?」
「あの方を女性と呼ぶのは気が引けるっていうか……ねぇ?」
 同意を求められても困るのだが、大体何を言わんとしているかはセレスにも理解できた。
「ああ、勘違いしないで下さいね。別に女性の方の仕立てをする機会自体が珍しいってわけじゃないですから。私達、大奥御殿で側室の方々の服を仕立てるのが本来の任務なんです」
「でも正直言ってあの人たちの服とか仕立てても全然楽しくないのよ。普段から食っちゃ寝してるせいで腹が出てるのに、サイズ測る人に向かって文句言われてもねぇ?」
「体形も痩せてるのに妙にたるんでたり、化粧の塗りすぎで地肌が見るに耐えない状態になってたり……元はそれこそあなたに負けないくらいの美人ばかりだったのにねぇ?」
 あたしに負けない程度であれば大したことないんじゃ、とセレスは言いかけて思いとどまった。生まれてから一五年村に引きこもっていたセレスには、そもそも人間の美醜の概念というものがよくわからない。村の男達の言葉を鵜呑みにすればそれなりに自分に自信を持っても良いはずだが、時代によっても地域によっても、あるいは個人の趣味によっても基準が大きく揺れ動くとなるとどこまで信用して良いのかわからない。
「それにしても聞いた話では田舎者ってことだったから、実はあんまり期待してなかったのよねー。いい意味で裏切られたっていうか、都会の娘にはない魅力があるわよね」
「うんうん。私、赤毛ってあんまりいいイメージ持ってなかったんだけど、こういう艶のある綺麗な夕焼け色だったらアリかなぁって。これを生かすためにはウィッグはつけない方がいいわね。アップにするのもいいけど、やっぱりほどいて後ろに流す感じがいいかな?」
「あれっ、確かあなたまだ一五歳だっけ? それにしては……こう、ねぇ? 姿勢がいいからそう見えるだけかもしれないけど」
「となると、ここはやっぱり強調したほうがいいかな? でもあんまり強調しすぎて色気ムンムンになっても困るし、勇者さんなんだからむしろカッコいい系に持っていくのがいいと思うんだけど」
「だったら自然にフィットする感じでいいんじゃないかしら。ベースの色はやっぱ赤よね、赤!」
 そんなふうにワイワイ騒ぎながら、侍女達はその場で紙を広げて何やらデザインのようなものを描き込んでいく。
「うーん、やっぱなんだかんだ言って十何年か前にあの人が着たやつそっくりになるのかな? 私は本人にお会いしたことはないんだけど」
「言われてみるとなんか似てるわよね。セレスさんとその、あの人って」
「そう? でもあの人はカッコいいとか美人とかって雰囲気で、セレスちゃんはその――可愛い系?」
「えっ、お二人はあの人に直にお会いになったことあるんですか? 一体歳いくつ……痛っ!」
 何やら盛り上がっている侍女達に、セレスは思わず訊ねる。
「その十何年か前のあの人ってどんな人なの? 女性の勇者さんなんだよね?」
 その瞬間、その場にいた全員の視線がセレスに集中した。
「あれっ、ご存知ないんですか?」
「あの人は有名な人ですよ。王国の人間なら誰でも知ってるくらいにね。えーと……」
「有名って言いながら名前忘れてちゃ世話ないわね。確かティメラとかいう……合ってるわよね?」
「みなさんやっぱ歳なんですねー、会ったことない私でもちゃんと覚えて……痛い痛い痛いごめんなさい離してー!」
「えっと……あの子に訊くのはシャクだからもうティメラさんでいいや、あの人はね、若くして伝説となった史上最高の勇者なのよ」
「それ以前にも女性の勇者ってのは時たまいたらしいけど、名前が残ってるような人はほとんどいないのよねー。でもあの人だけは別格。何しろ史上最年少で黒、その翌年には王国史上初の虹色になったんですもの!」
「黒とか虹色って、紋章の色だよね? 確か虹色が一番上のランクで――」
 セレスの問いに侍女達は揃って頷く。
「王国に勇者制度が誕生してから四百年、虹色にまで上り詰めたのはあの人ただ一人ってことになっています。その下の黒でも歴代で数人――現役ではたった一人、確かレオパンダさんとかいう人が持ってたはずです」
「ぷっ、あなた散々人のこと歳だ歳だって騒いでおきながら、レオパンダですって? 恐れ多くも現役最高位の勇者・栄光のレオポンドさんの名前を間違えるなんて脳が病気に違いないから早く病院に――」
「……レアパレドさんじゃなかったかしら? 確か渋いおじさまだったわよね?」
「えっと、ちょっと待って、そのレオ何とかさんが現役最高位ってことは、ティメラさんって人はもう引退しちゃったの?」
 セレスがそう問いかけると、侍女達の表情に翳りが差す。
「今から十六年くらい前かしら、あの人の率いるパーティは魔王に挑んで――そして還らぬ人となったのよ。パーティただ一人の生き残りが、いまでもどこかにいるって噂だけど」
「そう、死んじゃったんだ……」
「でも死体が確認されたわけじゃないから、今でも生きているに違いないって信じている人はいっぱいいるけどね」
「セレスさん、あなたならきっと大成しますよ! だってなんか彼女に似てるんですもん! いきなり虹は無理でも、きっと一年くらいで銅ランクあたりに――」
「一年で銅って、そんな勇者百人に一人もいないわよ。せいぜい二年とかもっと現実的な――」
「二年でも凄いって。でもセレスちゃんなら可能かも?」
 そんな話をしていると、奥の扉が勢い良く開き、中から一人の侍女が服を抱えて飛び出してきた。
「できたよっ! さあさあ、さっそく着替えましょう!」
 その言葉を合図に、再び侍女達が慌しく動き始めた。
 瞬く間に下着まで脱がされ、用意した新品に替えられる。
「うわーやっぱ若いっていいわねー。でも私の若い頃もここまで締まってしかもむっちりじゃなかったような」
「何? やっぱり農業とかやって鍛えてたとか?」
 キラキラした目で見つめられ、セレスは若干戸惑い気味に答える。
「うーん、農業もやってたけどどっちかというと鉱山掘ったりとかの方が多かったかな?」
「鉱山! はぁ〜そりゃ勝てないわけだわ。なるほど、だからつるはしなのね」
 部屋の壁に立てかけてあるつるはしに目をやりながら、侍女が感心したように告げる。
「大丈夫、ちゃんとつるはしも綺麗に磨いておいたから。叙任式では武器を持って陛下の前に出るわけだから、その辺もちゃんとしておかないと。ね、セレスちゃん?」
「今までいろんな武器を持った勇者さんがいたけど……剣、槍、斧、棒、変わったところではモーニングスターとかハンマーなんてのもあったかしら。でもさすがにつるはしは初めてよね?」
 確かにつるはしと言えば、あまり武器というイメージは持たれない。小回りが効かないため対人戦に不向きであり、よって戦場で見かけることはほとんどないだろう。
 だが実際のところ武器としての能力が劣っているかと言われると、そうとも言い切れない。扱いが難しいものの、的確に命中さえすればどんな分厚い鎧であろうと、場合によっては盾すらも容易に貫くし――それに魔獣の中には硬い甲殻を持つものも多い。剣で貫けない甲殻というのはあっても、つるはしで貫けない甲殻などというものはそうそうお目にかかれるものではない。
「終わったわよ〜」
 声とともに、侍女達の動きが止まる。
「えっと、終わったの?」
「その前に、まずこちらをご覧下さい」
 そう言うと、一人の侍女が部屋の奥から大きな額縁を引っ張り出してきた。直径がセレスの身長ほどもある円形の巨大な額縁で、車輪がついているとはいえ一人で引きずるにはかなり重そうな代物である。
 セレスがその中を覗きこむと、そこには一人の若い女性が描かれていた。
 その女性はまっすぐにこちら側を見つめてきている。わずかに子供っぽいところを残しながら精悍ともいえる顔つき、その澄んだ瞳は鋭さと優しさ、そして輝きをも宿している。メリハリのある体形によくフィットした服は基調としており、女性らしい情熱を演出しつつ所々に施された金属的な装飾が戦士としての装いを示している。赤を基調とした服の色合いは、夕焼け色の髪と協調して統一された雰囲気を際立たせる。
 セレスの口から思わず素直な感想が漏れた。
「うわーカッコいい! ねえねえ、この人だれ? もしかしてさっき言ってた――」
 そう言いながら額縁の中を指差すと、額縁の女性もこちらを指差してくる。
「……あれ」
 額縁の中の女性がぽかんとした表情を見せる。途端に精悍というよりは可愛らしい雰囲気が強調されるが、もはやセレスにはそんなことを確認している余裕などなかった。
「ええっ!? 何これ、絵だと思ってたよ! だって、こんな大きくてはっきり映る鏡なんて、だって、その――!」
 真っ赤になって慌てふためくセレスを見て、侍女達は揃いも揃って抱腹絶倒の世界に陥った。
「も、もしかしたら引っかかるかなぁとか、そんな期待はしてたけど、ま、まさかここまで見事に――くくくくくくく苦しいってばぁ」
「そりゃあ、こんな大きな硝子鏡、よほど凄い貴族の家にでも行かない限り置いてないわよねぇ……私もここにあるこれ以外見たことないし。ぷははははははは」
 そんなに笑うことないのに、とセレスは思う。実際セレスにとって硝子の鏡を見たことあるのは王立学院の寮で見たのが唯一だったし、それも手鏡サイズの小さなもので、その割には恐ろしく高価だと聞かされていた。村にはさらに安価で映りの悪い銅鏡が一つだけあったが、それはセレスがロンじいさんに頼んで街で買ってきてもらったものであり、それ以前には村には一つも鏡が存在しなかったのである。
「まあとりあえず言えることは、あなたもう少し自分に自信を持っていいってことよ。ひぃ、ひぃ、あー苦しかった」
「さて、あとは仕上げと行きましょう! 髪をいい感じに結って――お化粧は要らないかな? 唇も血色いいし、ただ頬がやたら紅いのが気になるけど」
 いつまでも頬から熱が引かないセレスの様子を見て、侍女達は再び大きな笑い声を上げた。


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