「へー、ここが魔術師ギルドかぁ」
 すっかり感心した表情で、セレスは建物を見上げる。
 一体何の演出のつもりなのだろう、どちらかといえば粗末な住居や商店が立ち並ぶ寂しい町並みの中で、その建物は明らかに浮いていた。
 妙に尖った高い屋根、やたらと刺々しいデザインの鉄格子でできた門扉、わざわざ黒く塗ったとしか思えない外壁の色調。表の庭には薔薇やサボテンなどが咲き乱れているが、どちらも普通は上流階級の邸宅にある花壇くらいでしか見かけないような代物だ。
「なんかすっごく楽しそうな雰囲気」
 そわそわしながら告げるセレスに、アルコンは思いっきり呆れたような視線を向けた。
「何をどう見ればそう感じるんだよ……まあ楽しいかどうかはさて置いて、いくらなんでも趣味悪すぎ、つーか絶対わざとだろこれ」
「確かに、何らかの意図があってこのような外観にしているとしか思えませんね」
 しばらく三人で建物を見上げていたが、一番最初に動き出したのはやはりセレスだった。
「ま、ここでずっと見ててもしょうがないから早く行ってみましょ」
 そう言い残し、入口に向かってすたすたと歩いて行くセレスを慌てて二人が追う。
 鉄格子の門扉はセレスが近づくと、触れていもいないのに音もなく勝手に開いていった。その後にアルコンが続き、さらにネーベルが通ったところで今度は勝手に閉じていく。
 建物の扉も同じように、セレスが近づいただけで開いていった。しかしこちらは先程の門扉と違って無音というわけではなかった。
 しんと静まり返っていた部屋に、ベルの音だけが不気味に鳴り響く。扉から差し込む光が、足元に敷かれた紫色の絨毯を照らし出している。
「すっごーい、なんか今にも出てきそうだよね?」
「……なんか、ここまで徹底してると逆に清々しいな」
「魔術師ギルドとは、どこもこんな雰囲気なのでしょうか?」
「その通りです」
 ネーベルの問いに、第四の声が答えた。
 三人が辺りを見回すと、格調の高さとおどろおどろしさが同居するその広間に、いつの間に立っていたのか、黒いローブに身を包んだ一人の老人の姿があるのを発見した。
「魔術師ギルドへようこそ。ギルドの建物のデザインについてお問い合わせにいらしたのですかな? そもそもこのようなデザインにしているのは現実的な理由と、歴史的理由の両方に基づいておりましてな、説明すると少々長くなりますが、まず現実的な理由というのは――」
「これなんだけど」
 老人の説明をきっぱりと無視する形で、セレスは例の契約書を老人に手渡した。
「ここって魔術師ギルドだよね? ってことは、魔術師の人を紹介してくれるってことだよね?」
「おお、それではあなたがセレスティア様ですか。お待ち申し上げておりました」
 黒ローブの老人はそう告げると、奥に向かって何やら手招きをした。すると奥から灰色のローブに身を包んだ若い男が姿を見せる。
「セレスティア様がお見えだ。すぐに連れて来るのだ」
「かしこまりました」
 灰色ローブの若い男は、老人とセレスに向かってそれぞれ一礼すると、再び奥の方へと戻っていった。
「しかし、こう言ってはなんですが……本当によろしいのですかな?」
 いきなり真剣な表情になって、老人は訊ねてくる。三人は思わず顔を見合わせた。
「えっと、今度の人もやっぱりこう、いわく付きの人なの?」
 セレスが訊ねると、老人は一息つき、そしてうつろな目をしたまま言葉を濁す。
「何と言うか、その……」
「ああもう、はっきり言ってよ」
 セレスの追及に、老人は覚悟を決めたように告げる。
「一言で申し上げると、壊れています」
 その答えに、三人は同時に目を瞬く。
「それって……?」
 セレスが訊き返そうとしたその時、先程の灰色ローブの若い男が、奥から別の人物を引っ張ってきた。文字通り、引っ張ってきた、と呼ぶのが正しい状態だった。自分から歩みを進めているようにも見えないが、特に抵抗する様子もなくされるがままにしている。
「連れて参りました」
「うむ、下がってよろしい」
 老人に言われて男が引き下がると、そこには男に連れてこられた人物がぽつんと一人で残される。
「紹介致します――当ギルドに所属する初級幻術士・リュミエールです。リュミエールや、この方達がお前の新しいお仲間だ。挨拶なさい」
 しかし、老人の言葉が聞こえているのかいないのか、リュミエールと呼ばれたその人物はぴくりとも動こうとしない。
 セレスは、そんなリュミエールの姿を穴が空くくらいの勢いでじっと見つめる。
 お人形みたい――セレスの第一印象はその一言に尽きた。ぱっと見た感じではセレスよりも、それどころかアルコンと比べてもずいぶん幼い――十歳くらいの少女に見える。まっすぐに下に伸ばしている、一点の曇りもない長い銀髪が特徴的な、神秘的な雰囲気を漂わせた少女だ。
 新雪を想起させる透き通るような真っ白な肌、掴めば折れそうなほどの華奢な肢体。「子供」から「女性」へのまさに発達途上と呼ぶにふさわしいその体を包むのは、全身にレースのフリルがたくさんついた真っ黒な服。頭には服と同じく真っ黒な、不思議な形の帽子をかぶっている。胸元には小さな真紅の薔薇の造花。左腕は力なく下に垂らしているが、右腕は何やら熊のぬいぐるみのようなものをしっかりと抱きかかえている。頭のてっぺんからつま先まで、およそ戦いという場には縁のなさそうな雰囲気で統一されていた。
 ぼんやりと開かれた、緑がかった色の瞳――明らかに焦点の合っていないそれからは、いかなる思考や感情も読み取れそうにない。ここではない、どこか別の空間を見ているようにすら見える。閉じているのか薄く開いているのかわからない唇は、口紅も塗っていないのに鮮やかに赤く、それだけ見る限りでは普通に愛らしい形をしているはずなのに、顔全体の無感情な様相との組み合わせで、何ともいえない不思議な雰囲気をかもし出していた。
 そんな少女――リュミエールを、セレスはどことなく熱っぽい眼差しで見つめていた。
「……まさか俺より年下とは思わなかったな。ってかそんなことどうでもいいんだよ。ほんとにこいつ大丈夫なのか?」
 半ば呆れたようにアルコンが告げる。
「初級幻術士、ということはそれなりの技能を持っているはずですが……てっきり修練生が出てくるものだと思っていましたから、そういう意味では驚きです。新米勇者ではよほど運に恵まれないと、このクラスの仲間とは巡り合えませんよ。しかしよりによってリュミエール殿とは……やはり恐るべしビックリメガネ……」
「そういう意味で言ってるんじゃねーよ」
 ネーベルの言葉を遮り、アルコンは頭を抱える。
「なあセレス、本当にこいつ連れていくつもりなのか――って、聞いてるのか?」
 アルコンが話しかけるが、セレスはリュミエールをじっと見つめたまま動こうとしない。
「もしかして、伝染でもしたか? おーい」
 心配そうに顔を覗き込んでくるアルコンに、セレスはぽつりと呟く。
「綺麗……」
「……は?」
 アルコンが訊き返すと、セレスは目を輝かせ、満面の笑みを浮かべながら告げる。
「美しすぎるってもう! うわぁ、もうほんとに興奮しちゃったよ。へえぇぇ、こんなに綺麗な人間が実際に存在するなんて、びっくりだよぉ」
 顔を紅潮させてはしゃぐセレスを、他の面々は半ば呆れたような様子で眺めている。
「あなたリュミエールっていうの? リュミって呼んでいい? あたしはセレスティア。セレスって呼んでね」
 相手が返事をしないので、セレスは一方的に話しかけている。
「あたし魔法って見たことないんだけど、いろんな種類があるって話は聞いたことあるんだ。リュミは確か幻術士って言ってたよね? 術者が思い描いた世界を現実に投射してなんちゃら〜、っていうあれだよね?」
 リュミは相変わらずぴくりとも動かないが、セレスはまるで気にすることなく、リュミの空いている左手を取って握り締める。
「新米だからいろいろ至らないことがあるかもしれなけど、これからよろしくね。って指ほっそいなぁ……綺麗だけどあんまり強く握ると折れちゃいそう」
 そう言いつつセレスが手を離すと、リュミの左手はそのままの形で宙に残される。そして重力に引かれるようにして、ゆっくりと下向きに傾いていく。

 *

 ローブの老人たちが唖然とした表情で見送る中、一行は魔術師ギルドを後にした。
 そして再び馬車に向かおうとする道すがら、ネーベルは小声でセレスに話しかける。
「セレスティア様、本当にリュミエール殿をお連れするのですか?」
「うん」
 リュミの手を引きながら気楽に答えるセレスに、ネーベルはさらに声を潜めて告げる。それはアルコンの噂について告げるときとは打って変わって、傍目にもわかるほどに緊張した声色だった。
「実を申しますと、彼女に関する不穏な噂をいくつか耳にしておりまして」
「噂?」
 ネーベルは深刻な表情で頷く。
「今まで、彼女は結構な数の雇い主に――その中には勇者の方もいらっしゃったそうですが――今回と同じように雇われたことがあるそうです」
「へー、こう見えて結構経験豊富なんだ」
「そのうちの大半が、さすがに無理だと判断したのか一晩か二晩で契約解消に至ったわけですが……一週間以上続いたケースがいくつかあります」
「うんうん。それで?」
 ネーベルはセレスの傍らにいるリュミに一瞬だけ視線を向けてから、セレスにだけ聞こえるように耳打ちする。
「それらの全てのケースで……ある日突然、彼女を除いたパーティの全員が、一斉に行方不明になったそうです」
「えっ?」
 さすがのセレスも驚きに目を見開く。
「もちろん、たまたま他のメンバーが戦いの途中で倒され、たまたま彼女一人が生き残っただけかもしれません。彼女が何も語らない以上、真相は永遠に闇の中でしょう。しかし、同じようなことが何度も起きてしまっては、たまたまで片付けられなくなっているのが実情です」
「たまたまじゃないなら……どういうこと?」
「これはあくまで推測にすぎない噂話ですが……どうも、彼女にはもう一つ、闇の人格が存在するという話です」
 思わずセレスはリュミに視線を向ける。しかし、相変わらず何を考えているのかわからない無表情で焦点の合わない視線を宙に向けており、そこからもう一つの人格を見出すことなど不可能だった。
「そして、その人格の出現を目にした者は、何人たりとも生き延びることは適わぬという……」
「うわっ、その表情と声がちょっと怖いよ〜」
 思わず反射的にリュミの手を握り締めながらセレスは言った。
「でも、目にした者は生き延びられない――ってことは、実際にそれを見たって人は一人も生きてないってこと? だったら……」
「……さすがにお気づきになりましたか。まあ噂話なんてものは所詮そんなものです」
 肩をすくめてネーベルは答える。
「闇の人格かぁ、そういうのがあっても面白いかもね。でもその前に、うまくリュミと意思疎通ができるように頑張らないと」
「さすがにそれは難しいのではないかと……」
「そう? でも目をじっと見てるとなんとなくわかるよ。今のところイエスとノーの二択くらいだけど。それにこっちの言ってることはちゃんと伝わってるみたいだし」
 自信満々にセレスは告げるが、傍らのリュミは相変わらず何も語らず、無表情のままだった。


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