「いやー食べた食べた。こんなにおなかいっぱい食べたのは村で最後に食べたあの時以来だね」
 豚一頭の丸焼きを囲んだ祝勝会の後、宿の部屋でリュミと同室となったセレスは満足そうな表情で告げた。
 結局、豚の丸焼きはあの人数をもってしても完全制覇には届かなかった。悔しそうな勿体無さそうな表情を見せるセレスに向かって、従業員の一人が「あとは俺達が片付けるから心配要らないっす」と満面の笑みを浮かべて告げてきたのだった。どうやら腹が減っているのは荒くれ者ばかりとは限らないらしい。
「リュミは今日もあんまり食べてなかったみたいだけど元々少食なのかな? それとも肉よりも甘い物の方が好きだった?」
 ふとリュミの視線が揺れ動いたように見えた。それを見たセレスは頷き、なぜか拳を握り締めて気合を入れて告げる。
「よし、次の祝勝会は甘い物パーティだ! あーでもひょっとしてアルコンは甘い物苦手かな? ネーベルは何でも食べそうなイメージあるけど。実はあたし、学院の寮でいろいろ食べて以来、もう甘い物が大好きになっちゃって時々夢に見るんだよねー」
「私も甘い物は好きですよ」
 一瞬、リュミが喋ったのかと思ったが、相変わらずリュミは口を動かしていないし、そもそも声はセレスの背後から聞こえてきた。

 驚いて振り返ると、そこには昨日管理局で会った、あのフードの人物が立っていた。
「うわっ! びっくりしたぁ……一体どこから?」
「そこの扉から入ってきました」
 見ると、その人物の手には何やら針金のようなものが握られている。例によってその声は、何やら変な装置のようなもので変換されているらしく、何とも言えない奇妙な音色として響いていた。
「今日はちょっと、あなたに報告したいことがありましてね」
「報告? あたしに?」
「今回の書類事故の真相についてです」
 その言葉に、セレスの表情に緊張が走る。
 傍から見れば初勝利に浮かれているように見えたが、実のところセレスはかなり気にしていたのである。自分の落ち度ではないとはいえ、結果として仲間全員の命が失われかねない瀬戸際だったのだ。それに他のパーティでは実際に命を落とした者もいるという。
「結論から申し上げますと、あれはあなたを陥れるための罠でした」
 一瞬、言っていることが理解できずにセレスはぽかんとした表情を浮かべたが、やがてその言葉の意味を悟って驚愕する。
「えっ、だって今回巻き込まれたのってあたし達だけじゃなくて、他にも二つのパーティが――」
「おそらく、あなたがどの支部に仕事を請けに行くかがわからなかったために、全ての支部に罠をしかけたのでしょう。他の二つのパーティの方々については、全くお気の毒としか言いようがありません」
「どうしてそんなことに……」
 事故の真相と、それが引き起こした結果について考えつつ、セレスは奥歯を噛み締めた。
「事の発端はつまらない逆恨みです。昨日の昼間、戦士斡旋所で起きた騒ぎについては覚えていますか?」
「騒ぎ? アルコンを仲間にした時にやった決闘とかそのあたりのこと?」
 フードの人物は頷いて続ける。
「あの時あなたに敗れたあの男、ああ見えて実はそれなりの良家の生まれなのです。彼自身は次男だったので家督を継げず、子供の頃に身につけた剣術で身を立てようと志して、結果ああいう境遇に身をやつしていたわけですが……さすがにあの程度の腕前では、素人相手の喧嘩では負け知らずでしょうが、玄人として食べていくには少々厳しいようですね」
「あたしもついこの間まで素人だったんだけど……」
 にも関わらず有無を言わさぬ勝利を収めてしまったセレスの言葉に、フードの人物は苦笑したようだ。
「しかしそれでも彼が食べていけたのは、ひとえに強力なコネがあったおかげです」
「コネ? 人脈とかそういう意味だよね?」
「そうです。家督を継いだ彼の兄は、それなりに高位の武官として王宮に召し抱えられる立場にあります。そしてその兄は、対魔戦闘員管理局本部における次官職――すなわち、あなた方勇者を管理する部局において、大臣・長官に次ぐナンバー3の立場にありました」
 いまいち実感のわかないセレスに向かって、フードの人物は構わずに続ける。
「その力を利用して、弟はかなり強引な手段を使って稼いでいました。兄の側にも、家督を継げなかった弟に対する負い目があったからでしょうか、それはもうやりたい放題だったそうです。そんな兄を持つあの男が、あなたやアルコンさんに酷い目に遭わされた――となれば、どんな行動に出ると思います?」
「えーと……お兄さんに泣き付く?」
 自分ならば決して実行に移すとは思えない発想だけに、それを思いつくのに多少の時間を要した。
「泣き付くというよりは扇動に近かったようですね。あることないことでっち上げて、あなた方がよからぬことを企てていると信じ込ませたようです」
 驚きというより呆れの表情を浮かべつつ、セレスは何とか声を絞り出す。
「……それで、そのお兄さんはあたし達を陥れるために、危険な依頼が回ってくるように書類をいじったってこと?」
「その通りです。管理局支部の持つ調査能力は相当なものです。ですがそんな彼らがまんまと欺かれ、しかもその後の事情の把握に手間取っているとすれば理由は一つ――本部の上層部が絡んでいるに違いない。そう判断し、私自ら調査させて頂いた結果、そのような事実が判明しました」
「それで、そのお兄さんは……」
 そう言いかけて、セレスはフードの人物が彼の地位について過去形で語っていたことを思い出した。
「自首した上で、法廷の場で洗いざらい話せば命までは取らない、と言っておきました。今頃取り調べの最中でしょう。もっとも今の司法制度では、彼ほどの家柄であればある程度の手心が加えられ、殺人ではなく書類の偽造や背任などの罪で裁かれる可能性が高いですがそれでも今の職に留まることはまず不可能……どうしました?」
 何やら頭を抱えてうめいているセレスに向かって、フードの人物は心配そうに声をかける。
「いや何て言うか、あたしには理解できない世界が繰り広げられてるんだなーって」
「理解できないのではなく、理解したくないのでしょう?」
 その指摘に、セレスははっと顔を上げる。
「あなたは理解できていますよ、表情を見ればわかります。ですが、今まで人間の醜い面をあまり見てこなかったあなたにとっては、ちょっと刺激が強すぎたみたいですね。無理に今すぐ受け入れる必要はありません――ですが知ってはおくべきです。あなたと、あなたの仲間の身を守るためにも」
 そう言い終わった時には、既にセレスの前にフードの人物の姿はなかった。ほとんど手品としか言いようのない鮮やかさである。
 しかしほんの少し、その人物のものと思われる汗の匂いが残されていることに気付いた。
 この季節にあんな格好をしていれば当然とは言えるが、妙な人間味と、そしてその匂いに不思議な懐かしさを感じて、思わずセレスの表情が僅かに緩んだ。

 *

「正直、あいつは向いてねーよ」
 部屋に入るなり、アルコンは同室のネーベルに向かって吐き捨てるように告げた。
「はて、それはどういった意味でしょう? セレスティア様のことをおっしゃっているのでしたら、今回の活躍は、そうそう誰にも真似できるものではありませんよ?」
「能力的な意味じゃねーよ。問題は性格の方だ」
 なおも首を傾げるネーベルに、アルコンはため息混じりに説明する。
「戦いの途中であいつ、震えてただろ。しかも無事に戦いが終わったら安心して泣き始めやがった」
「うーん、しかしあの程度でしたら、初めてにしてはむしろ上出来ではありませんか?」
「ぱっと見はそう見えるがな、問題はその原因だ。あいつがなんであんな風になってたかわかるか?」
「それは……」
 少し考えてから、ネーベルははっと気付いた。アルコンが言わんとしていることに。
「なるほど、そう考えれば確かに向いているとは言い難いですね……セレスティア様は私達が傷つくことを恐れて震えたり、私達が無事だったことに安心して泣いていた、ということですね」
 アルコンは頷く。
「今回は俺達が無傷だったからいいようなものの、仮に誰かが酷く傷ついたり――最悪、死んだりしたらあいつは……」
「あの方のことです、すぐに立ち直るでしょう――少なくとも、表面上は」
「だがあいつはずっとそれを抱え続ける。勇者にとって、仲間が死ぬなんてのははっきり言って日常茶飯事だ。一回の任務で、パーティの誰かが死ぬ確率が――確か――」
 思い出そうと頭をひねるアルコンの言葉に、ネーベルがすかさず補足する。
「統計上――任務の成功・失敗に関わらず、勇者自身が生き延びるパターンに限って言えば、パーティの誰かが命を落とす確率は確か一割ちょっとです。つまり十回に一回は誰かが死ぬ計算ですね。命を落とさずとも、再起不能になるパターンも含めれば少なく見積もってその二倍です」
 ちなみに指揮官である勇者自身が命を落とす確率は――初陣でいきなり命を落とすという非常によくあるケースを除外すれば――一任務ごとに数十分の一程度と言われる。しかし実際にそうなってしまった場合、同時に仲間の誰かが死ぬ確率は九割以上、それどころか全滅に至る可能性も二割近くに及ぶ。
「勇者にとって仲間なんていうのは、換えの利く部品みたいなもんだ。雇われる方だってそれは承知の上で、自分の身を守れるかどうかはあくまで本人の責任だ。あいつには恐らく一生理解できねーだろうがな」
 アルコンは食堂から持ってきた余り物の豚足にかじりつきながら呟き続ける。
「このままあいつが勇者を続けたとしてだ、確かに多くの魔獣を倒して多くの街や村を救うことになるんだろうが、その度にあいつの心は傷ついていく。あいつにとって、それは幸せなことなのか……?」


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