さらに歩くこと数分――
「たーだいまーっ!」
古びたボロ小屋の入口に立ち、セレスは大声を張り上げて叫ぶ。
ボロ小屋とは言っても、村にある他の家々に比べるとこれでもかなりマシな方ではある。柱は比較的新しい木材で補強されているし、屋根にも穴は空いていない。何しろ玄関には扉代わりの板までもがついているのだ。さすがに鍵まではついていないが。
返事がないので、扉を開けて顔だけで覗き込むようにして、セレスは再び叫ぶべく大きく息を――
「ぅうるせいっ!」
野太い男の声が、セレスの何倍もの大きさで張り上げられる。
同時に部屋の奥で何かが蠢く。それは左手に酒瓶を持ち、しかし右手は肘から先がなく、どうやら左足も微妙に引きずっているようで、おまけに頭には一本の毛も生えていない。よく見ると人間のようにも見えるが、それにしてはサイズがおかしい。縦だけでなく横にも異様な大きさを誇るそれは、巨大な筋肉の塊のようにも見えるが、一方で膨れ上がった立派な腹はまるで妊婦のようだ。
「この狭ぇ部屋でそんなでけぇ声出すんじゃねえっ!」
「……いや父さんの方がよっぽど声大きいって」
あまりの大音声に顔をしかめながらセレスは呟く。
「まあいいや。それより聞いてよ、今回結構おっきいのが手に入ったんだけど、何か欲しいものとか――」
「酒だ!」
セレスが言い終わらないうちに、「父さん」と呼ばれた男は荒々しく宣言した。
「酒なら何でもいい! あるだけ持ってくるようにロンじいさんに――」
「はいはい」
まともに取り合わず、セレスは表情も変えずに続ける。
「冗談はそのくらいにして、他に何もないなら今晩のニワトリとついでにあたしの新しいシャツを――」
「おぉい待て、冗談なんかじゃねえぞ!」
そう言いながら詰め寄る父親を前にして、セレスはさらに顔をしかめて後ずさった。
「うわっ酒くさっ! それ以上近寄らないで!」
「このっ、親に向かって近寄るなたぁ何事――」
「だって酒臭いんだもん! それにその酒、あたしが山で採って来た葡萄を父さんが勝手にお酒にしちゃったやつでしょ。干し葡萄にしようと思って取っといたやつを一粒残らず……あーもう思い出すだけで腹が立つ!」
突然の剣幕にたじろいだのか、父親は遠慮がちに訊ねてくる。
「……お前も飲むか?」
「要らないってば。前に飲んだ時とんでもない味がしたし、一口飲んだだけで変に悪酔いしたし……とにかく! これからロンじいさんとこに行ってくるから、帰って来るまでにその酒臭いのなんとかしといてよね!」
全く期待せずにセレスはそう告げると、怒ったような呆れたような表情で家を後にした。