街が燃えている。けたたましい鐘の音が、繰り返し街中に鳴り響く。
 地震自体で倒壊した建物は少なかったが、時間が時間である。運悪く倒壊した建物の中で寝ていた者達は生き埋めとなり、王宮から派遣された兵士たちが懸命に救助にあたっている。
 そんな惨状を目にしながら、しかしセレスたちにできることといえば、対応に駆けずり回る兵士たちの邪魔にならないよう、他の住民たちと一緒に引っ込んでいることだけだった。
「いたたた」
 傷口に蒸留酒をかけられ、セレスは思わず顔をしかめる。
 倒れてきた家具からリュミを守る際に負った傷である。ほとんどが打ち身や擦り傷だが、実のところそれほど浅い傷ではない。妙に慣れた手付きでネーベルが手当てを続ける。
「もう、家具という家具が狙い済ましたようにこっち倒れてくるんだもん。思いっきり下敷きになっちゃったよ」
「なっちゃった、って……」
 呆れたような視線をアルコンはセレスに向けた。こいつひょっとして殺しても死なないんじゃないだろうか、とその表情が雄弁に物語る。
「しかし実際のところ、明け方だったというのは不幸中の幸いです。もしもこの規模の地震がご飯時に起きていたら、街中が焼け野原になっていたかもしれません」
 見ると、遠くの方では兵士達が家を叩き壊している様子が窺える。延焼を防ぐためなのだろうが、叩き壊される家の持ち主にしてみればたまったものではない。中には兵士に掴みかかった挙句、逆に殴り倒される家主などもいるようだ。

 そんな時だった。
「おお、こんなところにおったのか」
 聞き覚えのある声がセレスの耳を打つ。
 振り返ると、そこにはセレスを村から連れ出した、あのヴァルト一等官の姿があった。
「ヴァルトさん!」
「いやお主らを探しておったのだが街がこの有り様でな、ずいぶんと手間取った。しかし無事で何より。それにしても――」
 ヴァルトはセレスの仲間達を順に見回す。
「ネーベルはともかくとして、そちらの二人はもしやアルコン・エスパーダにリュミエールではないのか? 何とまあ珍みょ……失礼、不思議な組み合わせを選んだものだな」
「あたしが見つけたわけじゃないんだけどね。まあ結果良ければってやつ?」
 その割には妙に得意げにセレスは答える。そんな様子にヴァルトは思わず苦笑するが、視線がセレスの胸の紋章に向いた瞬間、両目が割れんばかりに大きく見開かれた。
「――ちょっと待て、お主、その色は目の錯覚ではあるまいな、あれからまだ三日しか経っておらぬはずだが――」
 言われて、セレスは自分の胸元に視線を落とす。
 そして思わず驚きのあまり叫びを上げる。
「えっ、ちょっと何これ? さっきまで緑だったのに、いつの間にか青くなってる!」
「……任務の達成報告が行われると、それは本部に送られて精査され、累積の功績が一定に達したと判断されるとランク上昇の決定が下されます。銅以下の位への昇格の場合、その時点で紋章は自動的に更新されるため、所持者から見るといつの間にか色が変わっていたように見えるものです。ちなみに色の変化はおよそ二十秒で終わります。色が変わる瞬間を目撃すると幸運になれるというジンクスが――」
 いつものように説明を続けるネーベルの言葉を、ヴァルトは咳払いで遮る。
「相変わらず話の長い奴だ。とはいえネーベルの言う通り、お主の功績が本部に認められた証ということになる。しかし叙任からたったの三日で青とは、仕組みの上から考えても通常では有り得ない話だ。一体何が起きたというのだ?」
「その件につきましては後ほどご報告いたします。ですがヴァルト一等官、セレスティア様に急ぎの御用がおありなのでは?」
「おお、そうであった。急ぎも急ぎ、緊急中の緊急でな。現在、王都及びその近郊にいると思われる全ての勇者に対して勅使が放たれ、あちこちを駆け回っているところだ」
 そう告げると、ヴァルトは懐から一枚の紙を取り出し、セレスの前で広げて見せた。
「えーと、なになに? 召集状。全ての勇者は現在進行中の任務を直ちに中断し、可及的速やかに王宮に出頭せよ。国王エーヴィヒ・ヴァールハイト二十三世。要するに早く来いってこと? 王様も一体こんな時に何の用なんだろ? しかも勇者暦三日のあたしまで呼び出すなんて」
「こんな時だからこそ、だ。詳しくはここでは話せぬが、この地震にも深く関わることなのだ」
「地震に?」
 セレスたちは顔を見合わせる。だが互いにお見合いをしたところで何かが始まるわけでもない。意を決してセレスは頷く。

 *

 ヴァルトの案内に従って辿り着いた王宮内のとある広場には、既に数百名の人間がごった返していた。
「うわっ……こんなにいたんだ勇者の人って」
「いえ、そもそも現役の勇者の方というのは王国中探しても百数十名ほどしかいらっしゃらないはずです。遠方に出向いておられる勇者の方々が相当数いらっしゃることを考えますと、今回の召集で集まれるのは、おそらく百名程度ではないでしょうか」
「うむ。ここにいる者のほとんどは勇者の随行員だ。一人の勇者につきおよそ五人から二十人が一員として加わっているはずだ。他にもネーベルのような管理局の案内役が一人ずつ。そう考えるとまだ半分も集まっておらぬだろうな」
 その時、遠くから走ってきた役人らしき男が、ヴァルトに一枚の紙を手渡した。それに目を通したヴァルトは一瞬驚きの表情を見せた後、セレスに向かってこう告げる。
「総司令部の第七会議室に行くがよい。そこで将軍より作戦についての説明があるだろう。場所はネーベルが知っているはずだ」
「ヴァルトさんは行っちゃうの?」
 せっかく再会できたのに、という表情でセレスが言うと、ヴァルトはわざとらしく咳払いをしてあさっての方向に目を逸らす。
「私も裏方としていろいろ動かねばならぬのでな。それでは武運を祈る――何があっても、必ずや生きて戻るのだぞ」
 最後の部分だけはセレスの目をしっかりと見ながら告げ、彼は足早にその場を去っていった。
 これが――セレスティアが勇者としてヴァルト一等官と交わした、最後の会話だった。


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