作戦についての説明は十分近くにも及んだが、要約するとこうなる。
王都に向けて進軍する魔王軍の先発隊と本隊を、王国軍の主力部隊が迎え撃つ。主力部隊にはレオパルド・グロリアのパーティを要とした勇者隊の多くが配属される。それを騎士や歩兵を中心とした王国正規軍がサポートし、王都には一歩たりとも侵入させない構えだ。
しかし、先発隊と本隊による王都への進軍は実は陽動で、本命は魔王自身による儀式魔術の発動――大地震による王都の壊滅であると予想される。儀式魔術が完全な状態で発動するためには三つの条件がある。
一、目標である王都までの距離が十分に近いこと。
二、十分な時間をかけて儀式を行うこと――これは一の条件を満たしてから四時間程度は必要と思われる。
三、儀式が行われる間は術者が十分に集中すること――即ち魔王自身の身の安全が脅かされる状態になれば儀式は中断される。
移動式要塞自体の進軍を止めるのは、物理的に困難である。動員できる限りの攻城兵器で取り囲んだ上で一斉攻撃でも仕掛ければいずれは破壊できるかもしれないが、そのためには予め魔王軍本隊をほぼ壊滅させなければいけないし、そうでなくても要塞が目的地に辿り着くまでに、移動が不可能になるレベルまで破壊するというのは時間的に無理がある。現実的な案とは言えない。
となると考えうる対処法はただ一つ。戦いの混乱に乗じて要塞に侵入し、魔王を直接襲撃する――要するに暗殺を試みるということだ。
魔王自身の戦闘能力は、実のところ各軍の頂点に立つ元帥と比べると大きく劣ると言われている。しかしそれはあくまで戦士としての能力についてであり、生命体としての特性はまた別の問題である。一説によると、魔王はステージWをも超える魔族の究極体と言われており、それが事実であれば普通の人間では傷一つつけられないと思われる。したがって襲撃要員は当然勇者でなければならない。
もちろん魔王には親衛軍が護衛としてついており、魔王に近づくためには彼らを倒すなり回避するなりする必要がある。特に親衛軍元帥についてはおそらく魔王軍最強――すなわち地上で最強の存在であり、運悪く出会ってしまったなら、逃げるか命乞いするか諦めるしかないだろう、とまで将軍は断言した。
「ここに集まってもらった諸君には他でもない、要塞に潜入し、魔王を襲撃する役割を担ってもらいたい。行動単位はパーティ毎とし、当然のことながら指揮権限は勇者に与えられる。それぞれの方法でそれぞれのルートから潜入し、それぞれの手段で魔王への襲撃を試みて欲しい。誰か一人が魔王のもとに辿り着き、儀式を中断させた時点で作戦は成功だ。もちろん魔王を討ち取ることができればそれに越したことはないが」
儀式を中断させれば時間が稼げる。そうなれば戦力的には王国軍が有利なのだから、魔王軍の本隊はいずれ壊滅するだろう。もっとも、おそらくそうなる前に撤退するだろうという予想のもとに立てられた作戦ではある。
「ここまでが、表向きの作戦だ」
将軍の言葉に、その場にいる全員が顔を上げた。口調がそれまでのものとうって変わって、まるで他の部屋に聞こえたらまずいような、抑えた低い声となったからである。
「実はこれとは別に、この部隊に対して国王陛下からの密命が下されている」
皆が固唾を呑んで見守る中、将軍はゆっくりと口を開く。
「本隊を囮にして、魔王自身が近づいて儀式を行い大地震を起こす――実はこれ自体も恐らく陽動なのだ。実は魔王にはもう一つ、恐るべき切り札が存在する」
「切り札?」
誰かが訊ねてから、将軍は五秒ほど黙った後に重い口を開いた。
「……魔太子だ」
「魔太子だとっ!」
金色の紋章をつけた勇者の一人が、思わず叫んで立ち上がる。
「まさか、魔王は魔太子を連れて来てるってのか?」
「情報部はそこまで詳しい情報は掴んでいない。わかっていることは、今回の魔王の行動の目的は、どうやら魔太子を覚醒させることらしい、ということだ。内通者から得た情報なので信憑性は高いが、覚醒の手段など詳しい情報までは残念ながら得られていない」
そこで、それまでずっと話を聞いているだけだったセレスが、初めて口を開いた。
「あの……そもそも、魔太子って何なんですか?」
全員の視線が、一斉にセレスを向く。
もしかして知らないのは自分だけなのかな、とセレスは一瞬焦るが、どうやら銅の紋章をつけた二人の勇者とその一行のメンバーも知らないらしく、セレスの質問に同調するように頷いている。おそらく魔王軍との戦いを数多く経験している、銀以上の勇者だけが知っている『常識』なのだろう。そんなセレスの考えを察したのか、先程叫んだ金の勇者が説明する。
「実のところ、俺達にも詳しいことはわかってないんだ。ただ魔族と日常的に戦っていると、名前だけは嫌でも耳にする。どうやら魔王軍にとって目標であり、切り札であり、まだ覚醒していないらしい、このあたりが共通認識といったところだな」
「もしも魔太子が覚醒すれば、その恐るべき魔力により世界は滅亡の危機に瀕するだろう――王宮の学者にはそう主張する者も多い。そして、今回の魔王軍の行動が魔太子を覚醒させるためのものであるなら、魔太子自身が同行している可能性が高い。そう国王陛下は判断されたわけだし、私も同意見だ」
将軍が金の勇者の発言を引き継いでそう説明した。
「そこで今回の作戦の第二の目標だ。この機会に魔太子の正体を突き止め、そして可能であれば殲滅する。これは魔王自身の暗殺よりも優先順位は上だ。何しろ王国どころか、世界そのものの存亡がかかっているのだからな」
そう告げてから、将軍は会議室を見回した。
ここに存在する面々の大半は、魔獣どころか魔族との戦いをも幾度も潜り抜けてきた猛者中の猛者である。しかし、いくらなんでも魔王や魔太子の暗殺などという大それた勅命を受けたことのある者など一人も存在しなかった。
そもそも歴史を振り返っても、魔王に直接挑んだことのある勇者はただ一人、あの伝説のティエラ・レジェンダのみである。その時の状況は今回に若干似ているところがあり、魔王軍による襲撃に対する対抗手段として行われたものだった。
かつて隠密軍元帥を滅ぼすという大金星を挙げたティエラのパーティであったが、魔王との戦いでは敵に親衛軍元帥が加勢したこともあり、善戦はしたものの結局は敗北し、パーティで生きて帰ったのは一人だけであると言われている。
「作戦は本日の正午に決行される。それまでの時間を準備に宛てるも良し、作戦を練るも良し、万一のために遺書を書くのに使うのも良し。全ては各パーティの勇者に一任する。正午に王都北門に集合のこと――それまで一時解散!」
将軍は最後にそう告げると、副官を連れて大股で会議室を後にした。
後には、勇者隊の面々のみが残された。
勇者については、さすが突入要員として選ばれただけあって皆根性が座っているらしく、取り乱している者は一人も存在しなかった。だが、その勇者に雇われただけに過ぎないパーティの一員については、誰もが雇い主のように根性が座っているわけではない。
そのうちの一人がぽつりと言葉を漏らす。
「ま、魔王に挑むなんて……俺達にティエラ・レジェンダの真似をしろとでも?」
「冗談じゃねえ。史上最強って言われたあのパーティでさえ、なす術もなく全滅したんだろ?」
恐怖は広がり、徐々に会議室を埋め尽くしていく。
「いや、確か一人だけ生き残ったって話だぞ。だからこそ、魔王と直接戦って負けたって事実が伝わったんだろ」
「生き残ったって言っても、恐怖のあまり壊れちまって、結局デルニエ送りになっちまったって話じゃねーか。俺はそんな風になるくらいならその場で死んだほうがましだ」
一人の男が発したその言葉に、セレスは思わず反応した。
「それってどういうこと? デルニエってやっぱりあのデルニエの村なの?」
勢い込んで訊ねるセレスの様子に、男はたじろいだ様子で答える。
「あのも何も、デルニエって言ったらデルニエだろう。この世の中に絶望した負け犬が、最期の時を過ごすために訪れる、要は人間廃棄場みたいな所だって話だ」
「なんでもデルニエ草って草が生えてて、煙草みたいにパイプに詰めて吸うと何もかも忘れて気持ち良くなって、それを繰り返すと穏やかに死ねるって話だぜ。まああんたみたいな、いかにも人生充実してますって人間には一生縁のない場所だろうな」
冷静に聞けば故郷に対してひどい言われようであったが、あいにく今のセレスは冷静ではなかった。村の評判よりも先に、問いたださねばならないことがある。
「その生き残った一人の名前ってもしかして――」
「名前までは覚えてねえけどよ、元山賊か何かで、なんでも斧持って戦う戦士だったらしいぜ。常識はずれっつーか人間離れした強さだったらしいけど、さすがに魔王にゃ歯が立たなかったってことらしいな」
「やっぱり――」
デルニエの村、斧で戦っていた、勇者のパーティに加わっていた。ここまで条件が揃って、まさか別人ということもあるまい。が、そこで別の誰かがそんなセレスの思考を打ち破った。
「だけどよ、あそこの村ってなんか最近は思いっきり雰囲気変わったらしいぜ。なんでも十五年前に赤ん坊拾ったとかで、慣れない育児に村中総出でかかってるうちに、みんな何のために村に来たのか忘れちまったらしくてな」
「そういやそんな噂を聞いたことはあるけど、あれってマジなのか?」
「俺の知り合いが一時期あそこに住んでたんだ。人生に絶望して、死ぬつもりで村に移住したはいいけど、なんかやたらと元気になって戻って来やがった。ちなみに今じゃめちゃくちゃ可愛い女の子になってるって言ってたぜ、その赤ん坊」
そんな会話をしているうちに、それまで恐怖に囚われていた会議室の空気がいつの間にか和らいでいた。