「――ようやく見つけましたよ」
 その声に、信じられない、という思いでセレスは目を見開く。
「な……なんで?」
 確かに死んだと思っていた。だからこそ自分はあそこで感情のたがが外れ、力に目覚めた挙句に魔王をこの手で殺したのである。
「わたくしはこう見えてもステージVの魔族です。つまり、わたくしを殺すことができるのは勇者のみ――そして当然のことながら、魔王陛下は勇者ではありませんでした。まあ、あそこまで細かく分解されてしまうと復活に手間取りましたが」
 言われてみれば確かにそうだ。しかし、だとすれば魔王も当然そのことを知っていたはずで、「邪魔なものを片付ける」云々の発言は明らかにおかしい。
「演技……だったの? あたしを怒らせて、力を目覚めさせるための?」
「演技? ああ、なるほど。陛下はわたくしを分解した後、わたくしを殺した振りをしてあなたを怒らせた、というわけですね。そして彼女の予定通り、あなたの手によって――」
「一体どういうことなの!」
 セレスの叫びは、荒れ狂う豪雨の中でもはっきりと響き渡った。
「もうわけわかんないよ! あたしが魔王の娘だとか目覚めさせるとか、だったらなんであたしが殺す必要があったの!」
「順にご説明致します。それが陛下の忠実なるしもべたるわたくし、隠密軍少佐ネーベルとしての最後の務めですから」

 ――陛下が、いえ、エスプリ様が誕生したのは今から四二三年ほど前です。人間の家に、人間の両親をもってお生まれになりました。
 しかし彼女は普通の人間ではなかった。王立大学をわずか十六歳で卒業し、そして王立研究院によって抜擢され、生命の研究を行う研究者としての人生を歩み始め、史上例を見ないほどの勢いで功績を打ち立てた――有り体に言ってしまえば、彼女は希代の天才でした。
 彼女は二一歳の頃、当時の王の命令で「不老不死」の研究を行うチームに加わりました。副リーダー的な立場でしたが、実際の研究は彼女を中心に進んでいきました。ちなみにわたくしもそのチームに参加していました。エスプリ様の助手として――と言えば聞こえがいいですが、実際のところは単なる雑用係のようなものでした。
 そして、不老不死につながると思われる、いくつもの研究成果を次々と挙げていったのです。
 ところが、研究チームのリーダー――学問に秀でた第二王子であったエーヴィヒという男は、その研究の成果を独占しようとしました。
 研究はかなりのところまで進んでいました。動物実験では、実際に不老不死と呼べる状態を作り出せるまでに至っていましたが、しかし副作用があまりに大きく、不老不死と化した動物は姿が著しく変化し、そればかりか手の着けられないほどに凶暴化し、まさに化け物と呼ぶべき存在と化していたのです。人間に対して使える技術として実用化するには、かなりの時間がかかるだろう、とエスプリ様を含めた誰もが思っていました。ただし――実際にこの未完成の技術を人間に施してデータを取ることができれば、すなわち人体実験を行うことができれば、その時間は飛躍的に縮まることも、誰の目にも明らかでした。
 それゆえ、それは行われました。当然、そんなことを表沙汰にするわけにはいきませんから、それはどこまでも極秘裏に行われました――研究を命じた当時の王にすら隠していたのです。その実験を主導したのはエーヴィヒでしたが、エスプリ様は強硬に反対されたそうです。
 ですがエーヴィヒは、周囲の反対を押し切って実験を強行しました。それは酷いものでした。腕を切り落として再生の速度を調べる実験、脳の変化を調べるために生きたまま――何しろ死ねませんからね――頭の中身をぐちゃぐちゃにかき混ぜられる実験、他にも様々な実験が行われました。被検体のほとんどは人格が崩壊しましたが、それは何も技術が未完成であったからというだけの理由ではなかったと思います。
 そして安全性が十分に得られたと判断したところで、エーヴィヒはついに自分にその技術を適用し、不老不死の存在と化したのです。当時皇太子であった彼の兄がそれを知り激怒しましたが、究極生物と化したエーヴィヒにとって、邪魔な兄の一人や二人を消し去ることなど簡単なことでした。こうして数年後、彼は国王として即位し、王国の全てを手に入れたのです。

 ですが――そんな彼に対し、復讐を誓った者達がいました。
 それが我々、つまり被検体とされた研究員たちです。エーヴィヒは被検体の全てを処分したつもりだったようですが、しかし未完成の技術を適用されていたとはいえ、我々の得た再生能力は彼の想像を遥かに上回るものでした。こうして復活した我々は、被検体第一号であり最も人望の厚かったエスプリ様を中心として結集し、国王となったエーヴィヒに戦いを挑みました。
 とはいえ互いに不死同士。普通に戦って決着がつくはずもありません。ですがエーヴィヒは研究の最終段階で、とある大きな発見をしていました。
 科学・魔術・錬金術など、様々な研究の複合的な成果として生み出された不死の力に対して、稀に強い抵抗力――いわば「抗不死力」を発揮する個体が稀に存在するということ。その力をある手段によって増幅し、外側に向けて働かせることができれば、相手の再生力を止めた上で不死の存在を殺すことが可能であること。
 彼は国王という立場を生かし、大規模な占術により王国中から抗不死力を持つ者を探し出して集結させ、その力を増幅させるための手段を与え、我々を討つための刺客として仕立て上げたのです。もちろん、「希代の天才女性研究者エスプリ・モントルを中心に集まった元研究者の集団」などと言ったところで、誰も本気で打倒しようなどとは思わないでしょう。彼は巧みな情報操作により、エスプリ様を「魔王ガイスト」、かつての被検体を「魔族」と名づけて広めました。そして、それを倒すために集められた者は「勇者」と名づけられました。かくして我々は世界を敵に回したのです。
 しかし、ここに一つ誤算がありました。彼にとっての敵は、自らが被検体とした研究者だけであり、それを全て始末すれば事は終わる――そのはずでした。しかし未完成であった不完全な技術によってもたらされた不死の力は、ある特定の条件下で他者に『感染』することが判明したのです。人間に感染すれば魔族として、動物に感染すれば魔獣として――どうやら動物の方が抵抗力が弱いらしく、年に数人しか増えない魔族に対して、魔獣は年に数千という恐るべきペースで増えていきました。そして世界中の人間を無差別に襲い始めたのです。
 そこでエスプリ様は――この時点では既に魔王陛下ですが――彼女は魔獣を意のままに操る方法を編み出し、それをもって国王の手先である勇者たちに立ち向かいました。

 そんな戦いが、実に三百年以上の長きに渡って続けられました。ずるずる続く戦いは一向に決着の気配を見せませんでしたが、この頃になると互いに気付いていました。
 不死の研究は、まだ終わりを迎えていないのだと。
 エーヴィヒの持つ不死の力は高い完成度を誇り、我々のように人格が壊れたり、勝手に伝染したりするようなことはありませんでしたが、それでもまだまだ改善の余地がある代物だったのです。例えば抗不死能力を持つ勇者の力があれば我々魔族を殺すことができますが、実は彼もまた勇者の力によって殺され得る存在なのです。また、当然彼自身は勇者ではないので、我々を直に殺すことはできません。
 先に研究を完成させ、究極の存在を作り出した側が勝利する――最初の動機はそれでした。
 ですが研究を続けるうちに、双方にとって、それはもはや手段ではなく目的と化していました。人間だった頃からライバルと目されてきた二人です。表にこそ出してはいませんでしたが、内心では互いに相当強烈に意識していたのでしょう。
 そして今から十六年ほど前、陛下はついに基礎となる理論が完成させました。あとは実践に移すのみ。そこでそのための素材を入手するために、魔王は王国に真正面から戦争を吹っかけたのです。作戦は大成功でした。史上最強の勇者ティエラ・レジェンダと自ら戦うという危険を冒してまで手に入れた素材の名はバレーヌ。彼は最高の種を宿している可能性がありました。確率は二分の一でしたが、陛下はそれに賭けました。
 彼を洗脳して、魔族と交配させる。しかしできれば魔族の側も最高の素材を用意したい――そんな発想からあえて自らをお選びになるあたり、もはや陛下の精神は末期状態に至っていたのか、それともある意味彼女らしいと言うべきか、それはわたくしにもわかりません。
 陛下の目的は、不死の力と抗不死力を併せ持つ存在――すなわち、勇者の力を持った魔族を作り出すことでした。相反する力の相乗効果により、弱点を補った上で巨大な力を発揮する究極の存在。しかしその力は人の身に宿すにはあまりにも巨大すぎる力。宿主の精神が侵食される速度は通常の魔族の比ではなく、そんな状態で巨大な力を行使すれば何もかもが破壊されるであろうことは予測済みでした。その情報は王国側にも中途半端に伝わっており、それゆえに「魔太子が世界を滅ぼす」と言われていたのです。
 ですが、もはや陛下にとってそんなことはどうでも良かったのです。とにかく国王エーヴィヒより先に究極の存在を作り出せればそれで良い。そしてそれがエーヴィヒを殺してくれればこれ以上は望むべくもない。
 そんな願いのもとに陛下が産んだ子供――それがセレスティア様、あなたなのです。


Prev<< Page.34 >>Next