村の外れに奇妙な一軒家がある。
間違っても立派な建物と呼べるような代物ではないが、それでも村の建物の中では一、二を争うほどまともな建造物ではある。最大の特徴は何と言っても煙突で、家の大きさと比べてやたらと長いその煙突からは、絶えずいろんな色の煙をぷかぷかと吐き出している。
「ロンじいさーん!」
「おお、そろそろ来る頃だと思っておったよ」
大声を張り上げたセレスを出迎えたのは、見事な白髭と折り重なった皺に顔を埋もれさせた一人の老人だった。この村の辞書には入浴だの洗濯だのといった文字がないのか――それ以前に文字の読める村人などほとんどいないし当然辞書など一冊も存在しないが――大半の村人が見るからに汚れていて異臭を放っているのだが、そんな村の住人としては珍しく彼は比較的清潔な身なりをしている。
「見て見て、今回は凄いよ」
そう言いながら、セレスはここまで引いてきた荷車を指し示した。
「おお、今日もいっぱい採れとるのう……む? 今日はいつもより原石の割合が多いな」
「すごいでしょ? なんかいい感じの脈を見つけちゃってさ」
セレスが掘っている鉱石は、基本的に大半が鉄鉱石である。
しかしこのあたりの地層は変化に富んでいて、鉄の他にも銅や錫などが含まれていたりもするのだが、中でも最も価値が高いのは何と言っても宝石の原石である。見た目はただの色つきの石ころに過ぎないのだが、しかるべき職人の手によって磨かれればたちまち美しい輝きを放ち、数多の婦人の心を惹いてやまない魅惑の宝石と化すのだ。
「あー、これが磨かれて宝石になった姿、一度でいいから見てみたいなぁ」
うっとりした目で空を見上げるセレスに、ロンじいさんはため息混じりに告げる。
「麓の街には宝石商はおらんからのう。そういった石は何人もの行商人の手を経て、お金持ちがいっぱい住んでるような街に流れ着いて、職人に磨かれて宝石となる頃にはとんでもない額に跳ね上がっとる。とてもわしらに手を出せるような代物ではないよ」
「ふーん。鉄の道具とかならいっぱい作ってるのにねぇ、あの街」
そう言いながら、セレスは荷車に積んであったつるはしを持ち上げる。この村で掘った鉄鉱石が、麓の街で加工されることによって生み出された鋼鉄製の道具である。見た目は無骨だがその分頑丈さは折り紙つきの高級品で、どんなに硬い岩にぶつけても曲がったり欠けたりしたことはない。
「まあ庶民が気軽に鉄器を使えるような場所など、王国広しと言えど限られておるがのう……あの街は例外中の例外じゃ。王国でも屈指の産地であるが故の、な」
この村で掘り出された鉄鉱石は、まずこのロンじいさんの持つ炉によって熔かされ、ある程度の純度をもった鉄の塊に加工される。それをロンじいさんが定期的に麓の街へと運び、対価を得ているらしい。村で手に入らないような、例えば肉や衣類などを手に入れるための唯一の手段でもある。
「そうそう、なんと今日はこれだけじゃないんだ」
自信ありげに、そして期待を込めた視線をセレスはロンじいさんに向ける。
「ほう、この鉱石と原石の山以外に何かあると?」
「これっ!」
そう言いながら、セレスはたくさんあるポケットの一つから七色に輝く大きな石を取り出すと、ロンじいさんに手渡した。
「綺麗でしょ? これ手に入れるの大変だったんだから」
得意げに告げるセレスだったが、しかしロンじいさんは石を受け取ったままの姿勢で石のように固まっている。
「あれっ? どうしちゃったの? ローンじーいさーん?」
「……お前さん? この石は……まさか……?」
石を受け取ったロンじいさんの手が小刻みに震えているのに気付いていないのか、セレスはあくまでご機嫌に答える。
「うん、たぶんステージUだと思う。物騒だよねーあんな近くに出てくるなんて。他にもいないかどうか、一度村の周りを探ってみた方がいいかもね」
「な、何と言うことを!」
突然の大声に、セレスは思わず耳を塞ぐ。
「ステージUといえば、領主が討伐隊を編成するか、さもなくば専業の勇者隊に依頼を出すか、普通はそのように対応するもの。一人で挑むなど無茶も良いところじゃ!」
「ごめんなさい……ぱっと見、ステージTっぽく見えたもんだから油断しちゃって」
戸惑ったように告げるセレスの体を、ロンじいさんは引き寄せると同時に抱きしめた。
「お前さんはもう少し自分を大事にすべきじゃ。もしもお前さんにもしものことがあったら、わしだけではない、この村の皆は何のために生きているのかわからなくなってしまう」
「そんな大げさな」
セレスは思わず苦笑するが、ロンじいさんの表情はいたって真剣そのものだった。
「大げさでも何でもないわい。大体だな、お主は小さいときからいつもいつも――」
「そ、それはさて置き、今回これと交換して欲しい物なんだけど……でもその前に暑いから離して……」
セレスに言われて、ロンじいさんは渋々といった表情でセレスの体を解放する。
「とりあえずニワトリ三羽と、あと新しいシャツが三枚ってのはどう? ちなみにシャツは今までより一回りサイズが大きいやつがいいな」
「三羽? 一度にそんなに食べられるわけもなし……となるとまさか飼うつもりか? 飼ったところでこの辺で採れる餌で卵を産ませるのは至難の業――」
「もちろん今晩食べるんだよ二人で?」
逆に不思議そうに訊き返すセレスを前にして、ロンじいさんは思わず頭を抱える。
「……いくらなんでもそろそろ太るのではないか?」
「えっ、いや別にシャツのサイズだって太ったからってわけじゃなくてそろそろ胸のあたりがきつくなったから……あぅ」
真っ赤になって抗弁する。そんなセレスに向かってロンじいさんは大きくため息をつく。
「ふむ、まあそろそろかと思って一回りサイズの大きいシャツなら用意してあるよ。しかし本当にあのシャツで良いのか? 動きやすくて丈夫なのは良いが、そろそろもう少し女の子らしい服などを着てみたい年頃ではないかのう?」
ロンじいさんに言われて、セレスは少し考えてから答える。
「うーん、山に入ったり石掘ったりするのに綺麗な服とか着て行くのは勿体無いし、そもそも村で着ても誰も気付かないだろうし、それに女の子らしい服って言われても今どんなのがあるのかよくわかんないし……そうだロンじいさん! 今度また街に連れてってよ!」
唐突に言われ、ロンじいさんは目を丸くする。
村人の中で、頻繁に街へと下りて行くのはロンじいさんただ一人である。主にセレスが掘り出した金属や宝石の原石、さらには魔獣を倒して得られる魔石などを現金に換え、その現金で主にセレスが欲しがる品物や、その他村人が最低限の生活を営むに必要なものを買って帰る。およそ月に一度ほどの頻度で馬車を走らせ、一旦街に下りると三日ほどは村に帰ってこない。
馬車を持たない他の村人は、街に下りることなどまずない。徒歩では日の出とともに村を出ても、日暮れまでに街に辿り着かないからだ。この村に住み始めてから一度も街に下りたことのない者が大半で、セレス自身も生まれてから数えるほどしか街に行ったことはない。
「それは構わぬが……バレーヌの奴はどう説得したものかのう?」
「なんで父さんって、あたしが街に行こうとすると嫌がるんだろう? この前みたいに美味しい酒で釣れば説得できそうだけど気が進まないなぁ……だって最近飲みすぎなんだもん」
「……そうか、また酒が増えているのか……まあ、わしとしては街に連れて行くのは構わんが。あの石の量でニワトリ三羽とシャツ三枚ではお釣りが出るからのう、それなりの服であれば買えるはずじゃ」
「ありがとうロンじいさん!」
今度はセレスの方から力強く抱きつくと、ロンじいさんは嬉しさ半分苦しさ半分の表情で小さくうめき声を上げた。